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待ち合わせ時間に五分遅れて駅の北側の広場へ行くと、彼が立っていた。他にも何人か人がいたが、彼は背が高いので一目でわかった。
「ごめん、待った?」
「いま来たところだよ」
そう言いながら作る彼の微笑は、完璧な微笑だった。爽やかで、懐が深くて、要領の良い男の微笑に思え、これ一つで世の女のほとんどは落ちてしまうのだろうと私は感じた。
髪は短くて、眉毛はキリッと整えられていて、目と口は平均的なサイズで、鼻は高くて、顎はシャープで、一言で言えばハンサムな顔立ちだった。
車道側を歩く彼の姿はスマートで、信号待ちでただ立っているだけでも様になっていて、お洒落なカフェの扉の開け方も上品だった。
店員からテーブル席を案内されると、彼は私を奥側のソファー席へ座らせた。私が座ったのを見届けてから、彼は椅子を引いて私の正面へ着席した。
彼と会うのは今日で二度目なのだが、出会ってから今まで、彼は自分のスマートさを微塵も崩さなかった。
私は彼のことを、ロボットではないかと密かに疑っている。
彼と出会ったのは、駅前の路上だった。簡単に言ってしまうと、ナンパされたのだ。
落ち着いた声のトーンで話しかけられて、連絡先を聞かれたので、私は迷わず教えた。
別に普段男からモテないわけでも、男に困っているわけでもないのだが、あの奇跡的と言っていいほどの完璧な微笑を目にしては、断らない理由は浮かばなかった。今まで出会ったどんな男より、彼は魅力的だった。名前は、田中裕介と言うらしい。
私がカフェ巡りが趣味だと言うと、おすすめのところがあるから一緒に行かないかと彼が誘ってきたため、今日初めて会う約束をしたのである。店内は落ち着いているし洒落ていて、私好みである。
店員が、私たちのテーブルのすぐ横で突然転んだ。コップは割れなかったが、お冷が床にぶちまけられた。彼の太ももにも少し水がかかり、店員は慌てて謝ったが、彼は取り乱さずに、
「全然大丈夫ですよ。慌てないでください」
と優しい言葉をかけた。
あの店員のようなドジな男なら、きっとロボットではないだろう。だが、完璧すぎる人間を見ると、どうも私は怪しんでしまう。また、田中裕介というありきたりな名前も、AIが思いつきそうな名前ではないか。
彼はやはり、ロボットなのかもしれない。その疑いは、彼と会って時間が経つほど強いものになっていく。
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