プロローグ

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プロローグ

 わたしのパパは、はーちゃんが六歳の頃に堀越家にやってきた。それまでも動物園のお客さんみたいに代わる代わる色々なタイプの男がやってきたけど、「今回は当たりだな。」とはーちゃんは一目で分かったらしい。パパは、ママよりも十歳年下の当時二十四歳。銀行勤めをしている好青年だった。厳格な両親からシングルマザーと一緒になることを反対されたパパたちは、ならば既成事実を作るしかないということで、せっせと子作りに励んだのだが、なかなか授かることができなかった。ママはストレスで自棄を起こしてしまい、あろうことかお酒と煙草に走ってしまった。音楽の趣味も激変し、J-POPのCDを全部割ってヘヴィメタを聴き始めたそうだ。はーちゃんいわく、その頃のママは目も当てられないメンヘラ女で、とにかく泣いたり怒ったり叫んだりで忙しく、食事は全部はーちゃんが作っていたらしい。こんな状態ではパパに振られてしまうとはーちゃんが心配していたところにママが新しいスカートを買ってきた。はーちゃんが運動会で使うはちまきを縫っていたときだ。「ただいま」と聞こえて顔を上げると、笑顔のママが立っていた。黒地にガーベラが敷き詰められた新品のスカートをはいている。手に持っていた海外ブランドの紙袋には、元々はいていたカーキ色のチノパンが入っていたけれど、ママは鼻歌を歌いながら躊躇なくそれを家庭用ゴミ袋に捨てた。はーちゃんがスカートを褒めると、ママは「今までごめんね。ママ、ちゃんと幸せになるからね。」と言って、はーちゃんを抱きしめたそうだ。  その日を境に、ママはお酒と煙草とヘヴィメタをやめた。毎週金曜日は、明るい色の花を買って玄関に飾ったり、ウィスキーではなくミントティーやレモネードを入れたり、ドビュッシーやチャイコフスキーといったクラシック音楽を聴いた。「願石(ねがいいし)」と呼ばれる花緑青色の石を巾着に入れて持ち歩いた。遮光カーテンからレースカーテンに変え、窓から入る光を惜しみなく部屋に取り込み、おへそを陽に当てながら瞑想を始めた。「夢水~yumesui~」と書かれたラベルのミネラルウォーターを一日二リットル以上飲んだ。出かけるときは必ずガーベラのスカートをはいていた。ママはその一ヵ月後にわたしを妊娠した。  これはのちに分かったことだが、ママは輝子(かがやきこ)という名前の有名な占い師に会いに行き、子どもを授かるためのアドバイスをもらっていた。言われた通りに行動したおかげで授かることができたと確信したママは、占い師の親が教祖をしている宗教へ迷うことなく入信した。それが二〇〇九年冬のことで、わたしが生まれる半年前だ。今思えば、あの日が地獄の始まりだったとはーちゃんは語る。わたしたち姉妹の人生を変えたこの一日を、はーちゃんは「ママがスカートをはいた日」と呼んでいた。
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