職人の肉売ります

1/1
前へ
/1ページ
次へ
“職人の肉 売ります” アングラなネットでそんな広告を見かけた グラリと魔が差し心惹かれる まぁ見るだけタダだしな…… 俺は思わずクリックした 『小説家を喰えば芥川! 芸術家を喰えば大巨匠! 食べたい職人を選んで注文お手軽配送!!』 開いたサイトにはそんな売り文句が載っていた その下にはありとあらゆる業界における職人がズラリと並ぶ 歌手:Youの喉からYou〇ube 大工:山奥に 作りたいよね 一軒家 詐欺師:この肉を喰って人を喰った態度を覚えよう! ボディビルダー:お前の筋肉2人分!! バント職人:肉を犠牲に君が進む 売り文句からも薄々感じていたがいちいちキャプションが腹立つな そもそもボディビルダーやバント職人は果たして職人なのか…?? さて正体は何だろう 肉という名のドラッグか それとも住所や電話番号など個人情報を収集する詐欺サイトか 値段を見ると意外と安い 例えばこの寿司職人 グレードによって値段が変わり 一番高い松でも1万円 次が竹で5000円 最後が梅で2000円 うーーーーーん 全然買える どうしようか 悩んだ末に俺は寿司職人・竹を注文した 数日後にチャイムが鳴った モニターを見ると帽子を目深に被りマスクをつけた男が立っている 「お届け物でーす」 「はーい」 「おっとちょっと待った ドアを開ける前に注文した商品名をもう一度お願いします」 「寿司の竹」 「電話番号は?」 「○○○ー×××ー▽△▽」 「購入時に設定した暗証番号は?」 「……暗証番号?? そんなものは設定していませんよ」 「お見事! 騙されませんねぇ」 「そちらこそ流石のセキュリティですね」 「最後に確認というか説明です 万が一警察に通報しても、あのサイトから運営元には絶対にたどり着けません 逆に言えば皆さんの情報も絶対にバレないようになっています」 「わかりました」 「ではコチラがご注文の商品です ドアの前に置いておきますのでただちに取りに来てくださいね またリピートする場合は同封のチラシに書いてるURLからお願いします それではどうぞお楽しみください」 足早に玄関へ向かいドアを開ける 見渡しても男はもういなかった さてコレが寿司職人の肉か 見た目は普通に薄切りの豚バラにしか見えなかった 匂いも普通 触感も普通 うむ これは騙されたな たださっきのやりとりが楽しかったし、こんなの本当な訳がないもんな 普通に焼いて食べてしまおう! 念のために洗って沸騰消毒した方がいいか? あー じゃあ豚しゃぶか? シャブついてる肉かもしれないしな!!!ガハハハッ!! おそるおそる食べてみれば味も普通の肉だった 旨くもなければ不味くもない それに特段変な味もしなかった 鼻歌交じりに洗い物を始める ……あれ? なんだか洗い方がいつもと違う 言葉にできない感覚的な話だが、手の馴染み方が違うというか まるで皿洗いだけを何年も修業したような…… あぁっ!? まさか!? 俺は家を飛び出してスーパーを目指し全力で走る いろいろな疑問が体を巡る まさか本当に寿司職人の肉だったのか にしても即効性がすぎるだろ!! 叫びたくなる衝動を抑えてスーパーについた 勢いそのままに鮮魚売り場へ ……嘘だろ? 魚が光って見える 俺は寿司の知識なんて全く無いし、魚なんて全部同じにしか見えない しかし今は鮮度・脂の乗り・料理方法などあらゆることが手に取るように浮かんでくる 面白さに背筋がゾクゾクと寒気だつ こんなどこにでもある鮮魚売り場がまるで宝石売り場のようだ 興奮してギラついた目でスーパーを舐め回すように見つめる 総菜売り場に行けばパック寿司の粗さがわかる もっとこうして握ればいいのに あぁでもこの刺し盛りは意外と良いな及第点だ 調味料売り場にも行ってみよう 使いやすくて美味しい醤油がコレで 隠し味の塩はコレで 味付けの秘密も丸わかりだ もう楽しくて仕方ない 料亭で使っているゴミ袋すらわかってしまう 光って見えた魚や調味料を買い込み意気揚々と家に帰った さぁ目利きの次は実践だ 果たして本当に出来るのか、まるで大手術を迎えた医者のような面持ちで包丁を握る もともと俺は魚なんて捌けない 自炊だってほとんどしない それがなんということでしょう 考えずとも包丁が動く 扱い方を手が覚えている まるで自分の体とは思えず、奇妙で少し気持ち悪い あっという間に綺麗な刺身が完成した 次は酢飯だ 買ってきた酢を米と混ぜる もちろん全て目分量だ 軽く扇いで熱を冷ますと手早く酢飯が出来上がった 一口味見をしてみれば、回転寿司やパック寿司では味わったことのない絶妙な美味しさだ そしていよいよ寿司を握る ここまで華麗に調理できた喜びで、興奮してドキドキしている 息を整えて酢飯に手を伸ばす スルリと適量が手に滑り込んでくる 軽く力を込めて形を整え刺身を乗せる 仕上げに握れば寿司が完成した 驚くほどに美しい そのままパクリと放り込む 旨い 思わず笑みがこぼれた しゃりの硬さもちょうどよく、ネタと一緒に口でほどける 近所のスーパーで買った魚とは信じられない、選び方や捌き方でこんなにも変わるのか こうなったらもう止まらない 次々と捌いて握っていく どうすればいいのかわけがわからない軍艦も、フワッフワの卵焼きでさえあっという間に出来上がる 作ろうと思った物が全て作れる楽しさに酔いしれながら、俺は笑いが止まらなかった さてこの力をどうしよう このまま自分が美味しい寿司を食べるためだけに使うのはあまりにも勿体ない やはり寿司屋を開こうか そうと決まればネットで近所の物件を調べてみよう 店員は俺一人のワンマン経営がいいから、カウンターのみのこじんまりとした店にしたいな 小さければそれだけ内装費も抑えられて立ち上げも安く済むだろうし そんな事を考えながらいろいろと見ていると居抜きで借りられるちょうどいい店が見つかった あとは資格やいろいろな準備をすれば早くて一ヶ月後には開店できるだろうか? スーパーの魚でここまで美味しく握れるのだから、値段を高めに設定してガッポリ儲けてやろうかな 捕らぬ狸の皮算用ばかり考えてニマニマといやらしい顔になった それから約一ヶ月後 とんとん拍子に話が進んで本当に寿司屋を開店した なんだか信じられないが、寿司職人になれてしまった さらに驚くべきことに、寿司職人の肉がもたらした奇跡は寿司の握り方だけではなかった 例えばお客さんから「この魚って他にはどういう食べ方がオススメなんですか?」なんて聞かれた時も 「ウチではこうして握りで出してますが少し炙って柚子なんてのせるのもいいですね あとは港の漁師飯だと豪快に味噌汁に入れちゃったりもするみたいです」 などなど魚についての豆知識も勝手に口をついて出てくる 他にも寿司に合うお酒、メニューの作り方に経理知識などあらゆる意味での寿司職人としての能力が備わっていたのだ 最初は不安で仕方なく、わからない事を聞かれてしどろもどろになったら嫌なため寡黙な料理人を演じていた しかし寿司職人としての能力が全て助けてくれるためどんどん自信がついていった そのおかげで成り行きで始めたなぁなぁの寿司屋に対しての気持ちも変わっていった もっとこんなメニューを出したらいいんじゃないか、店の雰囲気を明るくしたいな、などなど様々なアイデアが湧き、そのために必要な事があれば自分から学んだ 毎日が充実し心地良い刺激に包まれながら、なんだかんだと忙しくしていればあっという間に半年がたった お客さんもそれなりに入ってくれるため、初めての寿司屋なのに全く問題なく経営出来ている いや、確かに寿司職人の能力はたまたま得た物だが、この店がこうして続いているのは間違いなく俺自身の努力の賜物だ そう考える程に思い入れと情熱をもって取り組んでいた 「お またここ寿司屋になったんだね~」 そんなある日、恰幅の良い白髪の男性が入ってきた 朗らかな笑顔で物腰は柔らかいが、着ているスーツや持っているバッグはブランド物 なんとなくだが直感的に社長だと感じた 「ここは前も寿司屋だったんですか?」 「そうだよ 半年位前に急に閉店しちゃったんだけど、僕ね、その店の常連だったんだ なんだか雰囲気も少し似てるし通っちゃおうかな」 「ありがとうございます どうぞ御贔屓にお願いします」 「どれじゃあ、オススメ貰おうかな?」 すっかり慣れた寿司を握る 違和感などもとうに無くなり全ての動作が体に馴染んている 「お待たせいたしました コチラ中トロでございます」 「綺麗だね~ それじゃあいただきます」 自慢の寿司を一口で放り込む さぁ笑顔と賛辞を浴びせてくれと期待で胸が膨らむが 「なんだか懐かしい味がするね 前の店と似てるよ」 「……はぁ そうですか もしかすると仕入れている場所が同じなのかもしれませんね」 そんな期待は裏切られた 思わず虚勢が口を出る 決してマズいとは言われなかったが、格段旨くもない普通の味だったのだろう 自分でもこんな気持ちになるとは思わなかったが心底悔しかった そういえば俺が喰ったのは寿司職人の竹だ 素人から普通の寿司職人になれたとしても所詮はその程度 舌が肥えた客相手には通用しないのだ 俺はこの能力に甘えず、もっと技術を磨くことにした ネタを変えるためにワンランク上の魚を仕入れ、名店と呼ばれる寿司屋に通っては技術や味を盗んで研鑽を積み重ねた その結果は着実に表れ、客足が順調に伸びていった それでも驕らず謙虚にひたすら握り続ける いつしか心まですっかり筋金入りの寿司職人となっていた その日もいつも通り店を開けていると、2人組の男が入ってきた 「いや~立派になりましたね~」 「ありがとうございます 開店したばかりの時に来ていただきましたか?」 「いやいや もっと前から知ってますよ 俺の事覚えてませんか?」 そう言いながら男は帽子を取り出し目深に被る なんだか変な客が来てしまったな、どうしようかと冷静に頭をめぐらせる 「ほら 暗証番号は?」 「……暗証番号? あ!! まさか!?」 「えぇ アナタに寿司職人の肉を届けた者ですよ」 「その節はどうもありがとうございます おかげでこんな店まで持つ事ができました」 怪しんでしまったのが恥ずかしい 俺は恩人に深々と頭を下げた 「今日はお代を頂きませんので、好きなだけ食べて行ってください」 「あら嬉しい事を言ってくれますね でも今日は違う要件なんです」 もう1人の男がおもむろに立ちあがり勝手に暖簾を外す 看板も閉店中に裏返し、扉の鍵まで閉めてしまった なにやら緊張感が漂い不穏な空気が流れ始める 「いやいやホントにビックリです 竹の肉を渡したはずなのにすっかり松並みの腕前になりましたね コチラとしても嬉しい限りです」 「はぁ それは本当に心から感謝しています」 「なので収穫しに来ました」 「……え?」 「寿司職人の肉、しかも松の注文が入ったので、アナタを出荷させていただきますね」 「な、何を言ってるんですか!?」 「職人の肉がどこから出てきたのか考えたことなかったんですか? 俺達はこうして職人の肉を売りつける 肉を買った客は新しい職人となるので、頃合いを見て収穫し出荷する、するとまた新しい職人が産まれるのでそれを収穫して売りさばく そういうカラクリなんですわ」 理解が全くおいつかない 突然の事態に混乱する 汗が止まらず視界も歪み始めた しかし目の前の男は真剣そのものだ 「でもこの店はどうするんですか?」 「もちろんご心配なく アンタこの店、どうやって探しました?」 「それはネットで……」 「居抜きでそんな簡単に見つかるわけないでしょう このビルは俺達の持ち物なんです」 「どういうことですか」 「簡単に言えばウイルスです アンタのパソコンは職人の肉を注文した時にウイルスに感染し、そこからずっと俺達の監視下 そこでなんだか店を調べ始めたんで、ちょちょっといじって誘導してやったらうまいことこの通り」 「そ、そんな……」 「ちなみにこのビルに入ってる他の店も、アンタと同じ境遇ですよ 賃貸収入もバカにならないもんで助かってます」 ガツンと頭をぶん殴られたような衝撃が走る なんてことだ、最初からずっと手のひらの上で踊らされていたのか 「……お願いです この店はやっと軌道に乗ってきたんです」 「そうですねぇ 確かに人気店となってきてるんで別な者に引き継がせますわ アンタはもっと凄い店に引き抜かれた、そういう体にしてあげましょう」 「な、なにを!! 誰がここまでこの店を盛り上げたと!!」 いけしゃあしゃあと喋る男に思わず腹が立ち怒鳴りつけてしまう 「まぁまぁ落ち着いてくださいよ どうせアンタはもう終わりなんですから」 そう言いながら冷静に距離を詰めてくる 2人がかりでは勝ち目がないうえに、男は卑怯にも懐からスタンガンを取り出した 「あぁそうそう 冥途の土産で教えてあげますが、アンタが食べた肉はここで寿司屋をやっていた男です」 「つまり、俺が開店する前の寿司屋か…?」 「その通りです 味とか雰囲気が似てるって言われませんでした?」 グルグルと考えが交錯する そういえば半年前にいきなり閉店したと聞いた気がする なんのこっちゃない、俺に喰われたからいなくなったのだ 「嫌だ 嫌だ嫌だ嫌だ やめてくれ… やめてくれ!!」 「はいはい 怪我させたくないんで大人しくしてくださいね」 涙でグショグショになった顔で必死に懇願するが運命は変わらない バタバタと暴れるが力づくで押さえつけられ、首元にスタンガンを突きつけられる 眩い光と痛みが一閃 視界が暗くなり意識が遠のく 「アンタが喰った寿司職人も同じように嫌がってましたよ」 朦朧とするなかでそんな声が聞こえた 抗えない 俺がこの世から消えていく
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加