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一方で遊びの時間もしっかり設けられ、私たちはルールを守って楽しく遊んだ。
シスタージェシカの人望からなのか、孤児院にはボードゲームやカードゲームなど、さまざまな物が集まっていた。
勿論、鬼ごっこやかくれんぼなど、外を駆け回ってのゲームもする。
シスターたちは私たちに、きちんと食べて寝て学び、体を動かし、そして遊ぶ事によって心身共に健康な子に育ってほしいと望んでいた。
そうやって私はスクスクと育っていく。
予定では十八歳で成人したあと、少し離れたところにある大きな街の神学校に入る予定だった。
そこでシスター見習いになるために学び、本格的に聖職者への道を歩むか、もしくは貴族の子息子女の家庭教師になるかを選択するはずだった。
**
だが転機が訪れたのは、私が十歳になった時だ。
シスタージェシカが、突如としていなくなってしまった。
孤児院の子供たちと村の青年団とで、キャンプに出かけていた間、シスタージェシカは神隠しに遭ったかのように、忽然と姿を消した。
孤児院にいたシスターサマンサや、村の人に何があったのか尋ねても、「事情がある」と濁されてしまった。
本当の母親のように懐いていた人だったため、シスタージェシカの失踪は私を含め、子供達に大きな衝撃を与えた。
全員、数か月から半年は悲しみを引きずっていた。
そのあとは少しずつ前向きになっていったけれど、親だと思っていたシスターの一人がいなくなった事は、少なからず子供達の心に浅くはない傷を与えた。
大人たちは決して教えてくれなかったけれど、私は表向き物分かり良くしつつ、こっそりとシスタージェシカがいなくなった理由を探し続けていた。
散歩をするふりをして、村人たちのおしゃべりに耳を澄ましたり、村長や発言力のある人によく話しかけ、重要な事を知っていそうな人からの覚えを良くする。
時間は掛かるだろうけれど、打ち解けた頃になったらポロッと教えてくれるかもしれないと期待した。
数年後、私は衝撃の事実を知った。
シスタージェシカは、どうやら魔王に連れ去られたとの事だ。
ハッキリと理由や詳細を聞いた訳ではないけれど、村人たちの噂を統合するとそうなった。
魔王と聞いても、シスターたちが読んでくれる絵本や児童文学に出てくる存在としか思えず、現実味がない。
想像するのは、黒い巨体を持ち、角や羽、尻尾を持つ異形だ。
炎を吐き、人を捉えては魂を奪う、悪魔の王。
私たち、神の子の敵だ。
けれど、神様がいらっしゃるのなら、魔王もいる……?
村の子供たちの中には、「神なんていねぇよ!」って言う憎たらしい少年もいる。
腹が立つけれどそれは置いておいて、魔王だってまったくいないとは言い切れない。
こんな田舎の小さな村に住むシスターに、魔王はどうやって白羽の矢を立てたのか。
大人たちに聞いても相手が魔王ではどうにもならない。
だから私は、さらに耳を澄まし目をこらし、シスタージェシカの痕跡を辿ろうとした。
**
〝それ〟を見つけたのは、十二歳の初夏だ。
小麦を収穫する時期に、刈りとった跡に不思議な焼け焦げ跡を見つけた。
まるで文字のようだけれど、まったく読めない文字だ。
記憶に留めて他の事にも注意を払っていると、村のあちこちにその文字を見つけた。
盛り上がった土をならした跡に見つけたり、豚小屋の柱に小さく刻まれている事もあった。
そのように、不思議な文字は村のあらゆるところにあるのが分かった。
けれど大人は必死に文字を隠そうとし、子供には秘密にしている。
私が見つけたのは、きっと大人たちが隠しきれなかったものだ。
他にも小さな事件があった。
村の外れで放牧されている家畜たちが、いなくなっている。
私は毎日散歩ついでに牛や豚、羊にヤギを見ていて、特徴的な模様から勝手に名前をつけていた。
だから全体の頭数も覚えていたし、個体として「あの子は今日も元気」と認識していた。
なのでたとえ一匹であっても、異変があればすぐに分かるのだ。
『ねぇ、山羊が一頭いないけど、どうしたの?』
『山羊は売ったんだ』
『昨日はちゃんといたのを見たもの。昨日の今日でいないなんて、おかしいでしょう?』
『夜のうちに出荷したんだ』
男性はうるさそうに私を追い払い、忙しいという体で離れていった。
出荷したと言われても、夜に荷馬車を出すなんておかしい。
この辺りは田舎で盗賊が現れる事も稀と言われているけれど、田舎の民であっても夜に出かければ何が起こるか分からないと知っているはずだ。
大人の男性でも行方不明になる事はあるし、夜道がよく見えなかったら、事故に遭う可能性もある。
だから、夜に山羊を一頭連れて行ったのは嘘だと思った。
どう考えても怪しい。
さらに考えた私は、例の読めない文字は、魔王からの命令なのではと思うようになった。
魔王の文字を読める大人が、命令に従って家畜や穀物、あるいは生贄をさしだしているのでは――?
だから私は魔王から新たな命令がくるのを、じっと待っていた。
〝それ〟がどこからくるのか分かれば、連れ去られたシスタージェシカの居場所が分かるかもしれない。
悪魔の生贄になった哀れな彼女が、今頃どうなっているかは分からない。
(生きていて……! きっと私が立派なシスターになって、魔王のもとから救うから!)
私は首に下げたロザリオを握りしめ、毎晩強く決意して眠りにつく。
けれどまさか、魔王が私を生贄として求めるなんて思いもしなかった――。
**
現在、私が生贄になってから三日が経った。
どうやら新月の夜、私のもとへ〝迎え〟がくるらしい。
村人は私を見るとサッと目を逸らすか、哀れなものを見る目で見てきた。
通りすがる女性に涙ぐまれて十字を切られ、仲良くしていた農家のおじさんからは、「子供たちに食わせてやってくれ」と大量の食べ物をもらった。
ありがたいけれど、〝犠牲になる娘〟への態度は、正直つらい。
魔王からの印があったあと、私は村長に呼ばれた。
そして『お前はこの西の大陸を支配する魔王の生贄に選ばれたのだ』と言われた。
『やっぱり……』と思うものの、いまだに信じられない。
十八歳になった今、昔は憎たらしい事を言っていた少年たちも成長している。
彼らとは今良好な仲を築けていて、『魔王がさらいにきたら俺が守ってやる!』なんて鼻息荒く言われた。
けれど魔王を相手に人間が勝てるはずもない。
前途のある彼が大変な目に遭ったらいけないので、丁重にお断りしておいた。
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