いざ、魔王の城に到着しました

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いざ、魔王の城に到着しました

「……でも、御者をしている魔族は、私をすぐ殺さなかったわ。魔王のところに連れて行く役目があるとはいえ、人間というエサがあればすぐに食らいつく獣ではなかった」  呟き、なるべく冷静に考えていこうと試みる。 (あの魔族に知性があるなら、彼が仕えている魔王だって知性があるに決まっているわ)  そう信じたい。  でも世の中、知性があっても話が通じない人はいる。  種族が異なれば、それぞれの文化や生き方などで、こちらの常識が通じない場合もある。  だから、会話ができて人間に近い姿をしていても、気を緩めきってはいけないんだ。 「……せめて話が通じればいいけれど」  溜め息混じりに言う間、馬車はゆるい弧を描き城に向かって降下していった。 **  馬車のドアが開き、例の悪魔が手を差しだしてくる。 「到着いたしました。どうぞ、お手を」 「……ど、どうも……」  すぐ彼の手をとる気持ちになれず、私は彼の後ろに広がる景色を見た。  どうやら城の入り口近くにある平らな部分にいるらしく、地面の向こうには星空が見える。  上空にある城だからか、目の前の魔族の髪が風に吹かれてなびいていた。 「馬車の旅はご不便ありませんでしたか?」  もう一度、彼は手を差しだし、尋ねてくる。  ……あぁ、これは手を借りて馬車を下りないといけないやつですね。  腹を括った私は、彼の手に手を置き、ステップを踏んで馬車の外に出る。  村から出る時は気づかなかったけれど、側に立つと彼はとても背が高い。  魔族の年齢は分からないけれど、パッと見た目、人間で言えば三十代前半ぐらいに見える。  浅黒い肌に白い髪をしていて、ショートヘアは前髪が少し長く、それを緩く撫でつけていた。  眉毛や睫毛も白く、その奥に赤い目があり、私を見つめている。  蔑んだ目とか、家畜を見るような目……ではない。  無感動な目ではあるけれど、それ以上でも以下でもない。  生贄である私に何の感情も持たず、ただ自分の仕事だから迎えに来て、魔王の元へ連れていこうとしている。それだけだ。  彼は執事服を着ているけれど、バンと張った胸板などから、衣服越しにも鍛えられた体つきをしているのだと分かった。  ……そこまで見れば、髪と目の色が少し変わった執事と思えるんだけど、彼の頭にはヤギに似た、ねじれて一回転した角があり、お尻からは尻尾が生えている。 (……魔族なんだぁ……)  先ほどより冷静になった私は、彼をしげしげと見ながらある種の感動を得ていた。  いや、ずっと沈黙している場合じゃない。  何か言わないと。 「どうもありがとうございます。空を飛ぶのは初めてだったので、とても興味深かったです。えぇと……、魔族さん」  最後に彼をどう呼ぶべきか分からず、そう言うと、彼は初めて「あぁ」とうっかりしていた、という感情を見せた。 「私の名前はイグニスと申します。火を司る悪魔であり、魔王陛下の執事を勤めております」  名前、あったんだ!  ……いや、あるんだろうけど。 「イグニス……さん。て、丁寧なご挨拶をありがとうございます」  ぎこちなくお礼を言うと、彼は歩き始めた。 「どうぞ、ついてきて下さい。陛下のもとへご案内いたします」 「……は、はい」  特に捕まえたりしないんだな、と思ったけれど、上空何千メートルか分からないところにいるんだから、そりゃあ警戒しないよな……と自分に突っ込みを入れた。  魔王の生贄になるぐらいなら、死を選ぶ!  ……なんて選択をした生贄も、過去にはいるんだろう。  ……でも、それは最後の手段にしておこう。自殺は一番罪深い事だ。  とりあえず魔王と話をしなければ、相手がどんな人か判断できない。  もしかしたらシスタージェシカがどこかにいるかもしれないし、早まるのは良くない。  馬車が着地した場所の前には、見上げるほど巨大な扉があった。  何人がかりだと開くんだろう? と思っていたら、扉はイグニスさんが近づいただけで左右に音もなく開いた。 「わぁ……」  その奥にある内装を見て、私は思わず感嘆の声を上げた。  魔王の城っていうから、内臓みたいなもので満たされたグロい建物とか、真っ黒な内装かと思っていた。  でも、全然違った。  本物のお城に入った事はないけれど、ごく普通の、優美なお城という感じの内装だ。  入ってすぐは玄関ホールになっていて、足元には白黒の床が広がっている。  見上げるほど高い天井からは、魔法の灯りがある大きなシャンデリアが下がり、それを見るだけでもとても美しくて飽きない。  正面には二階部分に大きな絵画があり、そこには若い男性の肖像画があった。  ……誰だろう。  その肖像画を中心にして、左右からカーブを描いて一階に下りてくる階段がある。  肖像画からは、さらに左右に向かう、上りの階段があった。  二階部分はバルコニーになっていて、壁には品のいい絵画が飾られてあったり、魔法の火が灯ったランプがある。  その奥は廊下になっていて、この巨大な城のさらに内部へと続いているようだった。  一階の玄関ホールの左右にも、奥へ続く廊下があり、この城がとてつもない広さを誇っていると理解する。  けど、それらに気を取られていたのは最初のうちだった。 「あの……イグニスさん。私やっぱり食べられてしまうのでしょうか?」  私がいま、一番恐れているのはその事だ。  イグニスさんはチラッと振り向き、また前を向いた。 「逆に、あなたはどう思われますか? 魔族の頂点にいる魔王陛下が、一人の村娘をどうするとお思いですか?」  尋ねられ、私は一瞬言葉に詰まった。  確かに、存在そのものが違いすぎる。  私たち人間は、空を飛ぶ馬車なんて持たないし、空を飛ぶ城にも住めない。  魔族は人間以上に何でもできて、私の命なんて大したものじゃないかもしれない。 「それは……やっぱり……」  ――「残酷な方法で食べてしまうのでしょう?」  口を開きかけ、へたをすると人間以上の知性がありそうなこの人を前に、とても失礼な事を言う気がした。  だから、私は黙ってしまう。 (でも私は生贄に選ばれたから、ここにいるんでしょ? じゃあ、どうなるの?)  分からなくなり、またどんどん怖くなる。  前に進む脚は震えていて、気がつけば手も震えている。  冷や汗が止まらないし、何度も唾を飲みこんだ。
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