魔王の生贄に選ばれたそうです

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魔王の生贄に選ばれたそうです

 青空に子供たちの声が響く。  私の世界は祝福に包まれているように思えた。  シスターの作ってくれたケーキはおいしくて、ささやかなご馳走に孤児院の子供たちは弾けんばかりの笑顔になっている。 「誕生日おめでとう! アメリア!」  私のことを姉のように慕ってくれているリジーが、花冠を頭にのせてくれる。 「ありがとう、リジー! 私、今日はお姫さまになれた気分よ!」  辺境の村にある小さな修道院は、孤児院もかねている。  そこで私、アメリア・アンナ・マリアは、本日十八歳の誕生日を迎えた。  捨て子だった私だけれど、優しいシスターに拾われて「愛される者」という意味の名前を与えられた。  神を信じるようにと教えられ、この歳までスクスク育った。  孤児である私が「愛される者」という名を持つなんて、ちょっと皮肉だ。  でも私が孤児院の皆や、シスターたちに愛されているのは本当だ。  それに今日誕生日を迎え、とても幸せなので何も問題ない。  村長が呼んでくれた芸人が、異国の楽器を奏で、小さな子たちの前で精巧な切り絵を作ってくれている。  折りたたまれた紙がハサミで切られたかと思うと、パッと美しいレースになって広がった。  そのとたん、小さい子たちがキャアッと声をあげて喜んだ。  よかったなぁ。  私の誕生日だけど、皆が喜んでくれていると、幸せをおすそ分けできた気持ちになる。 「皆、たくさん食べてね」  今日からお酒が飲める私は、葡萄酒を口にしてちょっぴりいい気分になっている。  そう言った時だった――。  晴れている空の彼方で、太陽がもう一つできたような光が瞬いた。  かと思うと、その光はぐんぐんとこっちに向かってくる。  ちょっと待って? 流れ星?  あんな大きな光にぶつかったら、皆死んでしまうんじゃないの?  浮かれていた気持ちはどこかへ、その光を見た他の子たちが、キャーッと悲鳴を上げて逃げ始めた。  和やかな誕生日会は、訳の分からない光の登場でぶち壊された。  ボーッとしていた私は我にかえり、小さい子たちを避難させようと周囲を見まわす。  すると視線の先、少しぼんやりしている子が、敷地のはずれにいるのを確認した。 「エリカ! 危ないからこっちにおいで!」  私は必死に叫び、彼女目がけて走る。  とうとう周囲は煌々とした光に照らされ、私は悲鳴を上げながらエリカを小屋の陰へ突き飛ばした。 「アメリアーッ!」  遠くで誰かが叫ぶ。泣いている子の声がする。。  私、これで死ぬの?  目の前が真っ白になったと思った時――。  光は私にぶつかる寸前でパァッと八方に散った。  幾つもの小さな光に分かれたそれは、私が立っている周りの地面に突き刺さった。 「何!? 何なの!?」  私は怯えて自分を抱き締めながら、足元を見る。  光は草を焦がしながら、魔法陣のような〝何か〟を刻んでいた。  最後に青白い光は天に向かい、花火のように空中で四散して消えた。 「なん……なの」  私は呆然として、ドキドキと高鳴る胸に手を当てる。  そのまま、ズルズルとその場にへたり込んだ。 「あれは……」  村人が、地面に刻まれたものを見てざわめく。  けれど、遠くて何を言っているのか分からなかった。  でもその表情から、これが「良くないもの」である事は理解した。  やがて神妙な面持ちのシスターが近づいてくる。  彼女は座り込んでいる私の前でしゃがみ、視線を合わせて言う。 「アメリア、あなたは魔王の生贄に選ばれたわ」  放心した私は、シスターの言った言葉を理解できず、目を丸くするしかできない。  ようやくノロノロと思考を動かして、咀嚼するように言われた事を理解していく。 「神よ……」  私は残酷なほど青い空を見上げて、そう呟くしかできなかった。 **  十八年前、大好きなシスタージェシカが、孤児院の前に捨てられていた私を拾ってくれた。  クーファンに入れられ、産着を着せられてはいたけれど、「この子をよろしくお願いします」はおろか、名前を書いたメモすらなかったらしい。  そんな私に、シスタージェシカがアメリアという名前をつけてくれた。  住んでいる村は、八十人もいないぐらいの人口だ。  老齢のシスターサマンサが村人を訪ね歩いても、だれも私の事を知っている人はいなかった。  村には、宿と食堂をかねている店が二軒ある。  そのうちの一軒の主人が言うには、お腹が大きい女性と付きそいの男性が二人泊まっていたそうだ。  宿の女将さんは、お腹の大きな女性を心配していたから、覚えていたらしい。  やがて真夜中に赤ん坊が生まれ、その数日後に男女は姿を消した。  そしてクーファンに入れられた女の子だけが、修道院の前に置き去りにされた。  なんというか、ありきたりな話だけれど、捨てられた子供にとってはとんでもない話だ。  それが私の身の上話だ。  宿にいた男女を追いかけようにも、馬車で村を離れて行方が分からなくなったらしい。  シスターが村長に連絡して、村人が近くの村や町まで探しに行った。  けれど二人は見つからなかった。  シスターたちは「これも神のおぼしめしです」と、私を他の孤児たちと一緒に育ててくれた。  私が懐いたシスタージェシカは、美しく優しい人だった。  聖母を思わせるうっとりとした眼差しは、慈愛に満ちている。  彼女と話して包み込むような優しさを感じているだけで、常に心の奥にある孤独や寂しさ、不安が和らぐ気がした。  村の男性たちは、シスタージェシカの役に立ちたいと、孤児院に食料を運び、力仕事を進んで手伝った。  彼女自身は「外見など信仰の前では取るに足らないものです」と言っていた。  だが男性たちに「助けたい」と思わせたその美貌は、私たちにとっても、ある意味ありがたいものだった。  シスターと村の男性がそのような協力関係に……と聞けば、大抵の女性はいい顔をしないだろう。  だがシスタージェシカは村の女性たちとも、とても親しくしていた。  男女問わず分け隔てなく優しく気さくに接していたので、女性たちも嫌う理由がなかったのだと思う。  私はシスターたちに読み書きや計算など、様々な事を教わった。  勿論、お祈りの時間や神学の時間もあり、そちらはやや退屈だったけれど。
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