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立ち寄ったバーは、バーというよりクラブといった方が近いかもしれない。 暑い夏の日、たまたまこの界隈を夜な夜な歩く羽目になり、ついつい喉の渇きをなんとかしたくて、こんな場違いなバーに紛れ込んだ。 喉の渇きというのは本当は建前で、ただ酒をほんの少し飲みたかっただけだが、バーカウンターに座って、スコッチのオンザロックをダブルでやり、その後トリプルを注文してすぐにグラスを空けてしまうと、もはや酩酊状態に近くなり、視界がかすみ始めた。 俺の斜め向かいのテーブル席には、それはそれは美しい女が脚を組んで座っていた。 何やら向かいに座っている浅黒い顔立ちの中年男と交渉しているようだった。 だがまるで口を開かない女に対して、男は似合わない愛想笑いを浮かべて、やたらと話し続けていた。 俺は今度はバーテンにマティーニを注文して、またそいつを飲み干しながら、そろそろ何かいい酔い覚ましがないか頭を働かせていた。 まあ、そんなのにはお誂向けの余興も悪くない。 俺はすぐに斜め向かいに座っている女に声を掛けた。 「あんたはもう帰った方がいいな。飲んだのは何だ?カンパリソーダか。今日は俺のおごりだ。後でタクシーを呼んでやるよ。さあ、お開きだ」 そう言うと、俺に背を向けてベラベラ話していた男が急に振り向いて、浅黒い顔つきでこちらを睨んだ。 「何だ?酔っ払いの戯言か?その前にてめーがさっさとお開きにして、とっとと消えなよ」 男はそう言うと、ニヤニヤ笑ってはいたが、さらにこちらに凄んで睨みを効かせてきた。 「いい加減あんたの戯言は聞き飽きたんでね。こっちは楽しく一杯やってる。コカインの商談話なんか酒の肴にもならないよ。それに相手はジャンキーでもない。これ以上酒が不味くなるのは御免だよ。そうだ、ひょっとしたらあんたがすぐに消えちまうのが一番いいかもな」 俺は満面の笑みを浮かべて、我ながら妙案だと思う提案を男にしてやった。 物事を合理的に解決するなら、それが一番いいだろう。 だが人間は合理的に片付く奴ばかりじゃない。 「何の話だ?酔っ払い。いつまでもくだらないことを言ってると洒落じゃ済まなくなるぜ」 男は俺に少し近づいてきて、さらにこちらを睨みつけてきた。 「あんたと一杯やりたいとは思わないよ。それにあんたが小洒落てるとも思わない。悪いことは言わない、さっさと帰った方がいいんじゃないか」 「それはこっちの台詞だ」 男はそう言うと、すぐに俺のこめかみ辺りに自分の分厚い握りこぶしをぶつけようと腕を振り回してきた。 俺はその腕をすかさず受け取って、反対方向に捻っただけだ。 大したことはしていない。 だが急に男は浅黒い顔を歪ませて、ギャーギャー年甲斐もなく喚き始めた。 「い、痛ぇ!おい、離せ!うわっ!」 「タクシーを呼んでやってもいいが、どうする?悪いが料金は自分で払ってくれよ。そして運転手には自分の家の住所をちゃんと告げておうちに帰してもらうんだ。それぐらい出来るよな?」 そう言いながら、さらにもう少しだけ男の腕を反対方向に捻った。 「ギャー!い、痛ぇよ!わ、わかった!わかったから!もうやめてくれ!」 「フフフ、最初から素直にそう言えばいいのに。あんたが飲んでたのは?ああ、俺と同じスコッチのダブルか。そいつは俺がおごってやるよ」 しばらくして呼んだタクシーが店の前にやって来たので、捻り上げた男の腕を離してやり、腕を痛そうに押さえて大人しくなった男をそのままタクシーに放り込んだ。 タクシーは男を乗せると、何事もなくスルスルと車道を走り、バーから離れていった。 俺は今の余興で完全に酔い覚ましが出来たとまでは言えなかったが、さっきよりは多少マシにはなって、またバーの中に戻った。
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