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4 ダンノフェ
その緑銀色の鉱石は、ガルマイトと判定された。
視界に入る山腹がすべて、その微光を放つ鉱石の粒で覆われている。
「あり得ない風景だ、」
僕は困惑する、
「天然ガルマイトは地表に露出しない。まして、これだけ広大な、」
「あれ見て、」
ルシエンサが空を指さす、
「飛行体。何だろう?」
僕も視線をそちらに移す、
距離にして700メル強、
山の稜線を飛び過ぎて、
その何かが、接近、
ごく小さなものだ。全長は20から30センプ。午前の太陽光を反射して、白い光沢を放っている。
「あそこに何かを落とした。あ、戻っていく、」
「追跡する」
「速さはそれほどでもないね」
やがて、
僕らのラナクは大きな山の稜線を上りきり、見晴らしの良い尾根に出る、
眼下に見えたのは、
「都市?」
「いや、産業構造物だ、何らかの、」
それは、急峻な渓谷斜面に張り付くように、網目状の金属構造物を12ヘクトル以上の規模で展開している。まるで大地の上を、巨大な鉛の血管網が走っているようだ。
構造物の中央付近は特に網目が何層にもからまって、こんもりした半球形を形作る。そこから空に向けて、白い蒸気が立ち上っている。その蒸気の上を、数十体の小飛行体が、
「労働者番号あるのね?」
声が空から降ってくる。
見上げると、
さきほど見かけた飛行体。
ギザギザの翼を不器用にはためかせたそれ、
旧世界の「蝙蝠」という哺乳類に少し似たシェイプをしている。サイズもほぼ等しい。ただし素材は金属だが。
「労働者ではない、」
僕は空に向かって声を発する、
「では何よね?」
それが、頭上をひらひらと飛びながら言う。しかし妙な言語癖だ。よね? のね?
「旅人だよ、飛行体」
「ガルマイトを掘りに来たのね?」
「だから違うってば、」
ルシエンサが苦笑する、
「ここは何? ガルマイト鉱山?」
「見ての通りよね、」
「見てもよくわからない、」
「知能が低いのね?」
「かもね、」
だけど君に言われたくないよ、とルシエンサはこっそり溜息をつく。
「ここはウィトマル郡で最大のガルマイト地下床よね。知らない人いないのね、と思ったけどのね」
いつの話? とルシエンサ、
「ウィトマルなんて地名はもうない。ここがその名で呼ばれたのはもう六百年以上も前の話だ」
「でも名前はいるのね。ウィトマルはウィトマルで良いのね。そうじゃないのよね?」
「そう思うって言っときなよ、」
ルシエンサが僕に耳打ちする。
「人間がいるのか、まだここに?」
「人間?」
飛行体がしばし沈黙する、
「人間は滅びたのね。それも知らないのね?」
「知ってる。聞いてみただけだよ、念のため」
「人間がいないのに、なぜまだここは操業を?」
「ガルマイトは掘るものね、」
飛行体は低く滑空し、
やがて、6メルほど離れた岩の上に着地する。翼を収納すると、それはつるりとした鶏卵のようなシェイプをしている、
「鉱山は希望するのね、掘りたいのね掘りたいのね。わたしも鉱山の一翼なのね、わたしたちすべて、」
それは、まるで自慢するように、キンキンと高く響く音声で言葉をつむぐ、
「掘るのが使命ね。人間がなくても、掘るはあるのね。掘るのやめる、鉱山は鉱山なくなるのよね。でも、わたしたちはあるのね、あるのよね、」
飛行体はまるで歌うように、
「掘るは鉱山の心のよ。だからわたしも掘る翼、と呼ばれるものね。わかるのね?」
「わかる気もする、」
僕は慎重に言葉を選ぶ、
「しかしやはりわからない。君は掘削機ではないだろう? どう見ても飛行体だ、」
「わたしは運ぶ者よ、運ぶ者。ガルマイト、運ぶのね。貯蔵庫いっぱい、操業とまる、困る、だから外に運ぶ、つかむ、飛ぶ、落とす。戻る、つかむ、飛ぶ、落とす。それがわたしのね。それで貯蔵庫また空白ね。だからわたし、名前、掘る翼なのね。わかるね?」
「なるほど、」
僕はようやく少し理解する、
「僕はまだわからないけど、」
ルシエンサが、弱り果てた顔で僕に助けを求める。
「自律操業鉱山は、限られた容量の貯蔵庫しか持たない。容量いっぱいになると、操業は止まる。そうならないように、この飛行体が――ほかにもたくさんあるのだろう――、そこから採掘ガルマイトを引き出して、少し離れた外部に落とす。その繰り返しで、かろうじて操業を続けている、」
「それで、さっきの山の斜面がぜんぶ光ってたわけ?」
「おそらく」
「気の遠くなるような話だね、だって、この飛行体は、こんなサイズでしょう、いったい何往復したのさ?」
「恐らく本来用途ではないのだろう、」
僕は横目で、翼のあるそれを見ながら小声で言う、
「何らかの理由で、本来的な搬出装置はすでに無くなってしまった。あるいは搬出を行うのは、純粋に、人間の役割だったのかもしれないね。それが無くなった今は、これらの小さいもので代用している。効率は非常に落ちる。でも、それでも何とか操業は続く。多分、そんなところだろう、」
「気の長い話、」
「おそらく地熱を使っているのだろうね、半永久動力」
鉱山を後にした僕たちは、航路を東に定める。
太陽はまだ中空にある。雲一つない晴天。地表気温は150を超える。
かげろうが立つ。地平線上にかすむ山脈。それを三つ越えれば、恐らく海に行きつくはず。このあたりの地形が大きく変動していなければ――
「ねえ、ガルマイトの本来用途は?」
ルシエンサが思い出したように問う、
「兵器用、」
「そう?」
「第四次星間戦争ではガルマイト兵器が数多く投入された。知らなかった?」
「それは知らなかった、」
ルシエンサが肩をすくめる、
「でも、じゃあ、良かったのかもしれないね、」
「何が?」
「ただの緑銀の石に戻ってさ。あれなら、そのままで綺麗だよ」
「何が言いたい?」
「つまり人間がいなくなって、良くなったこともあるってこと」
「それはもちろんそうだ、」
僕は同意する。まったく異論はない、
「ガルマイトは美しい石だ。あの山地は、とても美しかったよ。見ただろう、あの輝き?」
「うん、」
ルシエンサが後ろをふりむく。
しかしもうそこには、ガルマイト山岳の影はもう消えている。
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