ガラスの海のアルシエ

4/10
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
4 ダンノフェ   その緑銀色の鉱石は、ガルマイトと判定された。  視界に入る山腹がすべて、その微光を放つ鉱石の粒で覆われている。 「あり得ない風景だ、」  僕は困惑する、 「天然ガルマイトは地表に露出しない。まして、これだけ広大な、」 「あれ見て、」  ルシエンサが空を指さす、 「飛行体(フリエ)。何だろう?」  僕も視線をそちらに移す、  距離にして700メル強、  山の稜線を飛び過ぎて、  その何かが、接近、  ごく小さなものだ。全長は20から30センプ。午前の太陽光を反射して、白い光沢を放っている。 「あそこに何かを落とした。あ、戻っていく、」 「追跡する」 「速さはそれほどでもないね」    やがて、  僕らのラナクは大きな山の稜線を上りきり、見晴らしの良い尾根に出る、  眼下に見えたのは、 「都市(サト)?」 「いや、産業構造物(ログロマリット)だ、何らかの、」  は、急峻な渓谷斜面に張り付くように、網目状の金属構造物を12ヘクトル以上の規模で展開している。まるで大地の上を、巨大な鉛の血管網が走っているようだ。  構造物の中央付近は特に網目が何層にもからまって、こんもりした半球形(ドゥン)を形作る。そこから空に向けて、白い蒸気が立ち上っている。その蒸気の上を、数十体の小飛行体(フリエ)が、 「労働者番号(ギドシリア)あるのね?」  声が空から降ってくる。  見上げると、  さきほど見かけた飛行体(フリエ)。  ギザギザの翼を不器用にはためかせた、  旧世界の「蝙蝠(バト)」という哺乳類に少し似たシェイプをしている。サイズもほぼ等しい。ただし素材は金属だが。 「労働者(ギダ)ではない、」  僕は空に向かって声を発する、 「では何よね?」  が、頭上をひらひらと飛びながら言う。しかし妙な言語癖だ。? ? 「旅人(サタル)だよ、飛行体(フリエ)」 「ガルマイトを掘りに来たのね?」 「だから違うってば、」  ルシエンサが苦笑する、 「ここは何? ガルマイト鉱山?」 「見ての通りよね、」 「見てもよくわからない、」 「知能が低いのね?」 「かもね、」  だけど君に言われたくないよ、とルシエンサはこっそり溜息をつく。 「ここはウィトマル郡で最大のガルマイト地下床よね。知らない人いないのね、と思ったけどのね」  いつの話? とルシエンサ、 「ウィトマルなんて地名はもうない。ここがその名で呼ばれたのはもう六百年以上も前の話だ」 「でも名前はいるのね。ウィトマルはウィトマルで良いのね。そうじゃないのよね?」 「そう思うって言っときなよ、」  ルシエンサが僕に耳打ちする。 「人間(ルン)がいるのか、まだここに?」 「人間(ルン)?」  飛行体がしばし沈黙する、 「人間(ルン)は滅びたのね。それも知らないのね?」 「知ってる。聞いてみただけだよ、念のため」 「人間(ルン)がいないのに、なぜまだここは操業を?」 「ガルマイトは掘るものね、」  飛行体は低く滑空し、  やがて、6メルほど離れた岩の上に着地する。翼を収納すると、はつるりとした鶏卵のようなシェイプをしている、 「鉱山(ガンプ)は希望するのね、掘りたいのね掘りたいのね。わたしも鉱山の一翼なのね、、」  は、まるで自慢するように、キンキンと高く響く音声で言葉をつむぐ、 「掘るのが使命ね。人間(ルン)がなくても、掘るはあるのね。掘るのやめる、鉱山(ガンプ)鉱山(ガンプ)なくなるのよね。でも、わたしたちはあるのね、あるのよね、」  飛行体はまるで歌うように、 「掘るは鉱山(ガンプ)(アシエント)のよ。だからわたしも掘る翼、と呼ばれるものね。わかるのね?」 「わかる気もする、」  僕は慎重に言葉を選ぶ、 「しかしやはりわからない。君は掘削機(ルドルキ)ではないだろう? どう見ても飛行体(フリエ)だ、」 「わたしは運ぶ者よ、運ぶ者。ガルマイト、運ぶのね。貯蔵庫(ウース)いっぱい、操業とまる、困る、だから外に運ぶ、つかむ、飛ぶ、落とす。戻る、つかむ、飛ぶ、落とす。それがわたしのね。それで貯蔵庫(ウース)また空白ね。だからわたし、名前、掘る翼(ダンノフェ)なのね。わかるね?」 「なるほど、」  僕はようやく少し理解する、 「僕はまだわからないけど、」  ルシエンサが、弱り果てた顔で僕に助けを求める。 「自律操業鉱山(オルオガンプ)は、限られた容量の貯蔵庫(ウース)しか持たない。容量いっぱいになると、操業は止まる。そうならないように、この飛行体が――ほかにもたくさんあるのだろう――、そこから採掘ガルマイトを引き出して、少し離れた外部に落とす。その繰り返しで、かろうじて操業を続けている、」 「それで、さっきの山の斜面がぜんぶ光ってたわけ?」 「おそらく」 「気の遠くなるような話だね、だって、この飛行体は、こんなサイズでしょう、いったい何往復したのさ?」 「恐らく本来用途ではないのだろう、」  僕は横目で、翼のあるを見ながら小声で言う、 「何らかの理由で、本来的な搬出装置はすでに無くなってしまった。あるいは搬出を行うのは、純粋に、人間(ルン)の役割だったのかもしれないね。それが無くなった今は、で代用している。効率は非常に落ちる。でも、それでも何とか操業は続く。多分、そんなところだろう、」 「気の長い話、」 「おそらく地熱を使っているのだろうね、半永久動力(クーク)」  鉱山(ガンプ)を後にした僕たちは、航路を東に定める。  太陽はまだ中空にある。雲一つない晴天。地表気温は150を超える。  かげろうが立つ。地平線上にかすむ山脈。それを三つ越えれば、恐らく海に行きつくはず。このあたりの地形が大きく変動していなければ――  「ねえ、ガルマイトの本来用途は?」  ルシエンサが思い出したように問う、 「兵器用、」 「そう?」 「第四次星間戦争ではガルマイト兵器が数多く投入された。知らなかった?」 「それは知らなかった、」  ルシエンサが肩をすくめる、 「でも、じゃあ、良かったのかもしれないね、」 「何が?」 「ただの緑銀の石に戻ってさ。あれなら、そのままで綺麗だよ」 「何が言いたい?」 「つまり人間(ルン)がいなくなって、良くなったこともあるってこと」 「それはもちろんそうだ、」  僕は同意する。まったく異論はない、 「ガルマイトは美しい石だ。あの山地は、とても美しかったよ。見ただろう、あの輝き?」 「うん、」  ルシエンサが後ろをふりむく。  しかしもうそこには、ガルマイト山岳の影はもう消えている。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!