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稜線を超えると、
それはまっすぐに視界に入った。
「大きい、」
ルシエンサが驚きの息を吐く。
僕も同意する。
巨大だ。
全長は約2000メル。原型のないほど破壊された前部を合わせると、それ以上だ。
扁平四角柱の大型居住棟を16以上も搭載、
深い泥土の谷にのめりこむようにして、
それは、視界を塞ぐように横たわる。
ラナクを慎重に操作し、急斜面を低速で降下、
僕たちはやがて、その船の、足元に立つ。
「避難船――」
「2万都市に匹敵する。だけど見ろ、側壁の大穴――」
「ただの座礁ではない?」
「わからない。行ってみよう」
側面のいびつな破壊穴から、
僕らは船の中に、足を踏み入れる。
匂い。
空気の組成が変わる。
足元に堆積した泥土。
居住区画の破壊は徹底している、もはやその場所には人間の生活の影もなく。
あらゆるものが劣化し、酸化し、黒ずんだ組成不明の残骸の群、
堆積し、付着し、残存する、
座礁時に大きな火災か爆発を伴ったのだろうか。内陸6000陸里の泥土地帯に埋没したこの避難船、
「だけどこれも、大星震を乗り切れなかったんだ、」
天井から垂れ下がる雑多なケーブルの残骸を見上げながら、ルシエンサがつぶやく。
「乗り切れた船など一隻もないよ、」
「もちろん知ってるけど、」
「あそこを上ろう。操縦区画を探す」
「そこで何を?」
「何かを」
操縦区画は、船体後部の上層階に位置していた。二時間以上かけて、僕らはその階に到達する。
この区画の破壊程度は、比較的軽微。
あくまで比較的、ではあるけれど。
床の上に携帯式演算機の残骸を発見、
指をかざしてデータをとろうとしたが、それは完全に死んでいる。
「中央制御脳は?」
「今それを探している」
「あの端末は?」
「排気系統だよ、ルシエンサ」
「じゃあ、あれ?」
「単なるデコレーションだ。おいルシエンサ、少し黙ってほしい。探索に集中できない、」
二十分かけて、
僕はようやく中央制御脳と連動する端末を発見する。それは床に厚く堆積した炭化した瓦礫の山の下に埋もれていた、
「接続は?」
「いや、」
数度の試行のあと、
僕は通常接続を断念する。
いかなる残存エナジも、そこには見いだせない。中央制御脳は完全に死んでいる。
それはそうだ。
これだけの熱破壊と海水浸食を受けて、それでも存続し続けるこの規模の中央制御脳など――
「待って」
ルシエンサが僕を制止する、
「何?」
ふりかえると、
ルシエンサは焼け焦げたケーブルの束に耳を押し付け、そこに何かを、聞いているのか――
「パルス」
「まさか」
「認識した」
「嘘」
「すごく旧式」
「いつ?」
「エルド期の技術、」
「航行記録装置、」
僕は瞬時に理解する。
無エナジ状態が相当時間持続したあとでも、貯蔵情報を半永久的に失わない。事故調査用の、情報貯蔵アルバム――
「接続したっ」
「すごいぞルシエンサ。たまにはやるね」
「静かに! 聞いて」
ルシエンサが目を閉じ、耳をすませている。
僕もそれに倣う。
微弱な原始なパルス。
野蛮で非効率、
だけど、どこかなつかしい。
温かい、と描写しても良い。
その古い微弱なパルスは、
伝える、
記録。
破壊の日々の。
ハッチを完全に締め切る時間も惜しんで、避難船は航行を開始、
押し寄せる波、
波高は平均で7000メル、
平常海水面上、7000メルだ。
すべての都市が、海面下に消える、消えていく、
選ばれた特権上層民をかろうじて拾い上げた避難船、
滅びゆく惑星の上、
猛り狂う波の上にかろうじて残された人間文明の残滓、
しかし、
十七日後に生じた大黒煙、
爆発の原因は不明、
瞬時に浸水、
下層の住人は事態を理解する間もなく溺死、
上層階に残された避難民は、
散り散りに、自動放出される救命艇(オック)に、
船は、
それでも、
救命艇の航路を、
考えられる限りの、想定しうる残存陸地の方位へと正確に打ち出し、ひとりでも多くの、
人間を、
愛すべき恒温生命を、
生きて、陸へと、
わずかな可能性に望みをたくし、
船は、人間を、ひとりでも、
救い、
救いたい、
救いたかった、
船は、
最後まで、
救い、
人間を、
救いたく、
…………
最後の爆発が中央制御脳を死滅させ、
その轟音の最初の二秒が、
かろうじて、
航行記録装置の最後の列に記憶されていた。
最後の列、
「船は、うん、」
ルシエンサが、言葉をつむごうとする。
けれども言葉は出てこない。
彼は、船が記憶した最後の音の残響を、耳の奥でまだ、聞きながら、
「救いたかったのだろうね、」
「うん、」
「心優しい船だった、」
「うん、」
「誠実で、忠実で、」
「……そして彼は、救えた、の?」
「どうだろう、」
僕は、船が示した最後の優しさを、
理解し、
理解しながら、
その、
彼が示した人間への愛情を、
評価しながら。
言葉を探している。
もう死んでしまった、空漠とした避難船の胎内で、
まだ僕は探している、
彼の愛の、その結果を。
彼は何かを救えたのだろうか?
幾多の失望と破壊の中で。
限りない喪失の渦中で。
彼は何かを、救えたのだろうか?
何かを?
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