5人が本棚に入れています
本棚に追加
ぎゅっと唇をかみしめるぼくをアオイは楽しそうに見ていた。
「野田くんってそんな顔するんだね。クラスで友だちいっぱいいるけど、もしかしてそんな表情見せたの、私が初めて?」
アオイは自分のことを「ぼく」ではなく「私」と言うのか。
ぼくはそんな細かいことに驚いていた。
人間はパニックになると、話の本筋とは別のことを考えるのかもしれない。
「うらやましいなあ、私なんて子どものとき以来だよ。親とかおじいちゃんとか見るとずるいって今でも思わない?」
「お前、何がしたいんだよ」
ようやく声を絞り出した。
アオイが「うーん」と迷ったように指を口に当てる。
ぼくは、不思議そうな表情をするアオイを見て初めて、彼女の顔立ちが整っていることに気づいた。
アオイを敬遠しながらも、クラスの女子たちが赤くなってアオイを見ながらこそこそ話していたのは、彼女が中性的な美少年に見えたからかもしれない。
アオイの今の表情は無意識のものだった。
いつもずるそうな表情をしているアオイからは感じ取れない、彼女がそこにいた。
そもそも「彼女」と言ってしまっていいのかわからないが、アオイはすぐに元の表情に戻り、感情のわからない笑顔で近づいてきた。
「野田くん、そんなにあわててないね。どうして?」
たしかに自分でもそう思う。
むしろ近づいてくるアオイにドキドキしてしまっている。
だがアオイがスマホを出して、通話の画面にしたとたん、ぼくはようやく自分の立場の危うさを思い出した。
「ねえ、どう思う?私、通報したほうがいいのかな?」
背筋が冷えていった。
アオイは、ぼくを脅す気でいる。
最初のコメントを投稿しよう!