放課後にあらわれたきみはどこまで知っている?

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「……柊美亜」 小さな声になってしまう。 「なに? 聞こえない」 ぼくは初めてアオイをにらんだ。意地の悪い笑みが広がっている。 「柊美亜。高校のOGだよ。秘密にしてるわけじゃなかった。ただ、柊さんは20歳で、未成年のぼくたちよりばれたら厳しい刑罰が……」 「嘘だ」 アオイがさえぎる。 「美亜ちゃんのことはね、私がよく知ってるんだよ。OBじゃないよね。1年で退学してるんだから。それくらい知ってるよね」 「もちろん」 「だよね。それもあって隠したんだよね」 アオイが長机の上に座り、手を組んでにやにやした。 「昔ね、私の家と美亜ちゃんの家は隣同士で、よく遊んでもらってたんだよ。うちは親がレトルト食品を家に置いて3日は帰ってこないような、まあネグレクトを受けてたんだけど、美亜ちゃんもご両親もやさしくてね、よく夕ごはんを食べに行ってた」 アオイがまぶしそうに窓を見た。 夕日が視聴覚室に差し込んでいて、僕は立ち上がりカーテンを締めた。 何かをしていないと最後まで聞けないような話だと感じたからだ。 「私はそのころ、まあ体が女だからワンピースとか着てたんだけど、ある日美亜ちゃんとお風呂に入ることになったとき、恥ずかしいって思ったんだよね。美亜ちゃんは察しがいい子だったから、やっぱりひとりずつ入ったほうが遠慮しなくていいよねって言ってくれた。美亜ちゃんもご両親も、本当に良い人だった」 3年前までは、ずっとそのようにして柊さんと暮らしてきたのだろうか。 ぼくはアオイの表情を知ろうと思ったが、とたんにアオイは背を向けた。 「美亜ちゃんのお父さんがね、いつも書斎でなにか大変な仕事をしてるっていうのは知ってた。いつもやさしい美亜ちゃんのお母さんが、一回私が書斎に近づこうとした時、やめなさいって大きな声で叱られたのを覚えてる」 ぼくの知らない、柊さんの幼少期。 アオイがそんなにかかわりが深かったなんて知らなかった。 「私たちは美亜ちゃんより3つ下だよね。中1の入学式、もちろんうちの親は来ないから、美亜ちゃんのお父さんが私の入学式に、美亜ちゃんのお母さんが美亜ちゃんの高校の入学式に行ったんだよ」 ぼくたちは動画サイトにアクセスしないように、今はひいおじいちゃんの時代と同じように新聞でニュースを見ている。ある日、そこに大きく映った柊さんの父親の写真を見て、ぼくの母が小さく悲鳴をあげたのを覚えている。 ーーーこの家族、うちのすぐ近くに住んでるみたい。怖いわね。 その報道の話を母はもうしなかった。教育上良くないと思ったのだろう。 柊さんのお父さんがしたこと。 絶対に許されない、あの事件。 柊さんのお父さんの死刑の執行は早く、秘密を知っていた柊さんのお母さんは、最近日本で導入されたばかりの終身刑を言い渡された。 アオイが振り向いた。 大きな瞳から涙がぽろぽろ零れ落ちていた。
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