もしも君じゃなかったのなら

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「はあ、はあ、はあ、はあ」  息も切れ切れに、夏のむわりとした空気を引き裂き、走る。  彼は、どことは言ってなかった。  でも、どこなのか検討はついた。  彼がそんなことできる場所はあそこしかない。  大体みんな、あそこでやるもん。  私も、そうだったから。  でも、私にはムリだった。  あんなことできるはずなかった。  その場所は、いつもより高く思えた。  見下ろすと、地面はどこまでも下にあって、終わりがない。  自分も、あの穴にすいこまれるのかもしれないと思うと、そんなことできっこなかった。  今はただ、自分がパニックになってるんだと思う。  彼に、そんなことしてほしくない。  自殺なんて。  君がこの世界からいなくなるなんて、考えられない。  私、あんたのことが好きか嫌いかわかんなくなっちゃったよ。  そんなことどうでもいいから、どうか間に合って。  命の瀬戸際に。  どうして、今まで僕と話していたのがあの人だったのか。  だって、絶対メールにいたあの人と、学校にいたあの人は違う。  あの人は、  誰かをはげましたり、  慰めたり、  一緒に笑ったり、  怒ったり、  泣いたり、  ときには面白いことを言ったり、  僕を和ませたり、  あんな明るくて可愛い感じのしゃべり方なんて絶対しない。  まるで同一人物とは思えない。思いたくない。  だって、彼女が、「mill」が、学校でのあのことを、少しでも忘れさせてくれてたんだ。  慰めてくれた本人があの人なんてありえない。  大体、いつ僕のメアドを知ったんだ?  教えた記憶はない。  誰かが教えたのか?  でも、学校で僕とメールを交換している人間なんていない。  じゃあ、何でだろう。  まあ、考えても意味ないか。  最期なんだし。  色々、謎はある。  不満もある。  とにかく今は、どうしていいのかわからない。  だから、ここに来た。  僕があの真実を知るには早すぎたんだ。  でも、いつかは知らなきゃいけなかった。  でも今の僕には、それが受け入れられない。  背負えない重みだ。  僕には、重すぎるよ。  でも、僕が知っちゃいけない真実を知ってしまったから。  彼女だったから。  彼女が、それを選んだから。  僕は、こうしなくちゃいけないんだと思った。  こんなものを背負って生きていくよりも、生きることをやめた方がずっとずっと楽だと思ったから。  君は、止めに来ないでしょ。  あのメールの意味さえ、知らないかもしれないから。  君はその意味を知っても、止めに来ないかもしれない。  だって、『あなたが決めて』って言ったから。  そもそも僕に、そういう感情はないんでしょ。  …片想いだね。  僕は、真実を知っても、君のこと、やっぱり諦められなかったんだ。  それって、もしかして本当に君が好きだったのかな。  わかんない。  僕はメールの中の君が好きだったのかな?  それとも、今の君も好きになった?  けど僕は、きっと一生片想いだ。  君がどうしても好きなんだ。好きになっちゃったんだ。  だから、僕は…  本当は、もう少し君を見ていたかった。  君と話していたかった…  もしこの真実を知ったのが大人になったころだったら、僕はもっと冷静だったかな。  でも、そんなこと考えるのももう終わりにする。 「ふう…」  もう、飛ぶしかない。  あの、青い空へ向かって。  穴の空いた翼で。  緑色のフェンスを乗り越え、一度落ちそうになる。  今更体がすくんだ。  もう、見ることはできないであろう、夏の夕暮れ。  太陽は、もう少しで沈み切る。  僕は、その太陽とともに、終わりを迎えることにした。  さあ、あともう少し…  僕は、フェンスから手を離し、足を一歩前へ…  
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