どうして

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どうして

 ふわりと、一瞬無重力の世界に引き込まれる。  もう、何の音も聞こえない。  ゆっくりと目をつぶった。  …あれ?  誰かが、僕の手をつかんでる…?  その方向を向くと、泣き顔の…  …金子!?  何で…  止めになんて来ないと思ってたのに…  それより、なんで泣いてるの?  意味がわからない。 「きゃっ!!」  不意に、金子の顔から色が消えた。  また、僕の身体が宙に浮いた。  金子は、手を握ったまま、僕と一緒に空へ投げ出された。  なんで…  どうして来ちゃったの…!  君まで巻き込むつもりなんてなかったのに…  でも、さっきのあの泣き顔には、少し安心したような、笑顔が混じっていたような気がした。  彼女はもう、固く目をつぶっている。  涙が、重力に逆らって上へ流されていく。  僕は、彼女の腰に手をまわし、しっかりと抱きしめた。  彼女も僕を想ってくれてるなら。  地面がすぐそこに見える。  もう、そろそろ落ちるだろう。  あれからどれくらい時間が経っただろう。  僕は、消毒液のような、独特な清潔臭に目覚めた。 「ハッ!」  僕、屋上から…  何で、生きてる…  左腕に、厚く包帯が巻かれていた。  力を入れると痛い。  骨折したらしい。  頭にも、軽く包帯が巻いてあった。  背中がズキズキと痛む。  でもこの傷を見れば見るほど、あの時間が全て無駄になってしまったような気がして、なんだか腹が立った。  僕はただ、楽になりたかっただけなのに…  金子は…?  僕は、ベッドからむくりと起き上がった。  すると、看護師さんが病室のドアをガラガラと開けて、僕のそばへやって来た。 「…」 「体調は大丈夫ですか?」  看護師さんは、ドアを閉めながら僕に訪ねた。 「…特には」 「そうですか、それは何よりです」 「…あの」 「はい?」 「この病院に、金子さんという人はいますか」 「…あなたと一緒に搬送されてきた女の子のことですか?」 「はい、たぶん」  とたんに、看護師さんの顔が暗くなった。  何かあったのだろうか? 「あの方のご家族ではないですよね?」 「…はい」 「でしたら、現段階ではちょっと…何とも」  看護師さんが申し訳なさそうに微笑した。 「…そうですか」 「また何かあったら言ってくださいね」 「はい、ありがとうございます」  看護師さんはそう柔らかな笑顔で言って、僕のそばを離れた。  と、看護師さんがふと足を止めた。 「あ、お伝えし忘れてましたが」  看護師さんがこちらに体を向けて言った。 「はい?」 「お父様とお母様、お仕事を切り上げて、19時ほどにはこちらに来られるみたいですよ。先程連絡がありました」 「そうですか。ありがとうございます」 「いいえ。では」  看護師さんは、軽く会釈して病室を出て行った。  この病院に、金子がいるのだろうか__  でも僕は、なぜ助かってしまったんだろう…  どうせなら、やっぱり4階を選べばよかったかな…  それより、金子に会いたい。  今、どうしているのだろう。  母さんが来るまで、あと2時間。  祐樹は、窓の外を見た。  白い壁が、この病室が20は入るであろうくらい続いていた。  この病院は、相当大きいらしい。  まあ、母さんたちが来るまで寝るとするか。
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