過去の中にあるもの

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過去の中にあるもの

「ふああ」  よく寝た。  今何時?  __8時。  今日何曜日だろう?  一昨日のことはよく覚えてないけど、父さんと母さんと、看護師さん、医者らしき人が話していた。  看護師さんたちによると、包帯は2ヶ月くらいで取れるらしい。  僕には大ケガの基準はわからないけど、まあ、たぶん結構すごいケガなんだろうな、と思う。  ふと、窓の外を見た。  どんよりと湿気った空に、パラパラと雨が降っていた。  この天気だと、気分まで下がる。  ただでさえ、入院中だと言うのに。 「こんにちは」  一昨日の看護師さんだ。  僕の担当なのだろうか。  一昨日と変わらない柔らかな笑顔に、僕も軽く会釈して返す。 「朝ご飯持ってきましたよ」 「ありがとうございます」 「今日のメニューは、米粉パン、三種野菜のポタージュ、チョレギサラダです。おかわりしたかったら言ってくださいね」 「はい」  僕は、空腹に耐えられず看護師さんの前で米粉パンにかぶりついた。  ポタージュに浸したら、野菜の優しい味がしてとてもおいしかった。  看護師さんは、嬉しそうに僕を見ていた。  僕は、今更恥ずかしくなって、顔が赤くなるのを感じながら口のまわりのポタージュをお手拭きでぬぐった。  すると、看護師さんが思い出したように言った。 「そういえば、昨日おっしゃっていた金子さんのことですが」 「ここの、309号室にいらっしゃいますよ」  看護師さんは、晴れ晴れとした笑顔でこちらを見た。 「そうなんですね。ありがとうございます。あと…」 「はい?」 「僕、移動できるんですか?」 「はい、車イスに乗れば」  看護師さんは、しきりに自分を見つめる僕が面白かったようで、クスッと笑いながら言った。 「お持ちしましょうか?」 「お、お願いします!」 「はい、では準備をしておいてくださいね」 「はい」  看護師さんは、病室を出ていってしまった。 「ふう…」  2日動いていないだけなのに、1ヶ月くらい動いていないみたいに、身体が重かった。ご飯を食べた後だから、というのもあるだろうが。  そばにおいてあった無機質なサンダルを足にはめ、ベッドの縁に腰をおろす。 「お待たせしました」  車イスに乗るのは初めてだ。  ワクワクと緊張が胸に広がる。 「ゆっくり乗ってくださいね。そこをつかみながら…」 「そうです。そしたら、その台に足を乗せて」 「そうしたら、そこに手をかけるんです」  看護師さんに言われるがまま、車イスに乗り込んだ。 「では、私が押していきますね。金子さんには、事前にお伝えしておきましたから」 「はい」  それから僕と看護師さんは、309号室を目指して出発した。  病院内は、朝から忙しそうだった。  こんなにゆったり、ゆっくりしているのは僕らぐらいかもしれない。  いや、看護師さんはそうじゃないかもだけど。  何分か車イスに揺られ、ようやく金子のいる309号室に到着した。  僕は、急に緊張してきた。  心臓がバクバクと暴れだす。  会うんだ。会わなくちゃ。伝えなきゃ。あのことを。僕の気持ちを。 「中に入りますね」  しっかりと、ドアの向こうにいるはずの彼女を見つめた。 「終わりましたら連絡してくださいね。あと、車イスは自分の病室に置いておいていいですから」 「はい」  看護師さんは、笑顔でその場を去っていった。 「…よし」  深く、深く深呼吸をして、拳を固く握った。  まだぎこちない車イスさばきで、ドアに近づき、ゆっくりと開いた。 「おはよう」
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