悪夢から覚めるまで

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 それから毎日、僕は金子たちに無理矢理色々なことをさせられた。  あの日の翌日には、休み時間にいきなり金子たちがやってきて、裏庭に連れて行かれた。 「お前さあ、ウザいんだよね。 はっきり言っちゃって。 昨日さっさと掃除してくんなかったから、遊ぶ時間減ったんですけど。」  いやいやお前ら何もしてねえだろ、 と言いたかったが、今、しかもこいつに面と向かって、そんなことは言えない。 やっぱり僕には度胸がない。  いや、でもたぶん、いじめられている人は大概いじめている人、僕で言えば金子には逆らえない。何も言えないだろう。 「…」  僕が何を言えばいいのかわからずしどろもどろしていると、 金子が声を張り上げた。 「……お前陰キャとかマジでキショいんですけどwあー気持ち悪い。 吐き気がする…お前みたいなやつは居てもいなくても変わんねえし、ウザいだけなんだよ。 生きてたって意味ない、無力の塊。とにかくお前ウザイから、消えてくんない? いても意味ないんだから。 存在意義がないやつに生きてる価値とかないんで!」  生きてても意味ないとか、そういう言葉で本当に傷つく奴なんていないと思ってた。でも、言われてみると、そういう人間の気持ちがわかった。 その言葉は、僕の小さくてもろい心に、簡単に穴を開けた。 ぽっかりと開いた、暗い穴。  僕はこのまま、漫画とかでよく見る、あのいじめられた人と同じ道を辿るのかな。そういう本を読んだこともあったけれど、そんなことは現実にならないって、それでわかってたつもりだった。これは誰かの幻想なんだって。でも今、それは僕の未来として僕の目の前に立っている。 僕はそれの手を取ってはいけない。でも、吸い込まれそうなその存在に、僕はどうしたらいいんだろう。何が正解なんだろう。その手を取ったら、僕はもう終わりだ。そして、かつて誰かの幻想だった世界に引きずり込まれてゆく。  その後のことはよく覚えていない。 気がついたら、 保健室にいた。どうやら僕は、あの3人に殴られたらしい。もちろん蹴ったり色々酷いことはされたと思うけど。  腫れた目の上が視界に入る。それは包帯で巻かれていたけれど、 僕の身に起きたことを物語っていた。 「っ…」  唇にヒリリと痛みが走った。殴られた時に唇も切れていたらしい。 血が出てきた。 「あらあら、大丈夫?すごい大怪我みたいだけど…どうしてこんなことになったの?」   保健室の先生が、僕の唇の血を拭いながら言った。  僕に起きたこと…  あのとき、金子たちにされたこと…? 「…よく覚えてません。…というか、僕はなんで 保健室にいるんですか?誰が僕のことを連れてきてくれたんですか」  先生は、保健室の奥にある小さな棚にある塗り薬を取り出しながら言った。 「委員会で裏庭に仕事をしに行った1年生の中宮さんという女の子があなたを見つけたらしくて、私に知らせてくれたの。ところで二人は知り合いなの?」  聞いたこともない名前だった。そもそも僕は、男子とすら交流がないのだ。女子なんて…金子たち以外は。 「いえ、少なくとも僕は…顔も名前も」  先生が唇に薬を塗ってくれた。唇がぬるりと塗り薬で覆われる。少し違和感を覚えた。 「あらそう。てっきりそうなのかと。 おとなしい子だからね、あの子は。でもあなたも良かったわね、あんな優しい子に見つけてもらって」  確かに、あれがいじめっ子とかだったら僕は確実に死んでいた。 僕は、運が良かったんだな・・・  これが、不幸中の幸い、ってやつか。 「にしても…こんな大怪我の原因がわからないなんておかしいし、困るわ。誰かに殴られでもしない限り、こんな大怪我はしないもの。もしそうだとしたら、それはそれで問題だし・・・かといって記憶が完全になくなったわけではないと思うのよね。頭に強く打ったような跡はなかったし…」  そんなこと言われたって、僕にはわからない。 先生は「頭を強く打った痕もない」し、「完全に記憶がなくなったわけではない」と言うけど、僕には本当に記憶がないんだ。だって今も何もわからないと言っているし。でもやっぱり、先生にも原因がわからないんだろうな。  何が起こったのかということについては、金子たちに聞くのが一番手っ取り早いが、あいつらが素直に質問に答えるはずもない。誰かのせいにしたり、作り話をされる可能性も考えたら、かえって面倒かもしれない。  それに、その後僕はチクったという罪で色々されるだろう。  僕が金子たちに何をされたんだろうか…そもそも、 金子たちは僕の何がしゃくに触ったんだ?よくわからない。  とにかく今は、記憶を取り戻すことに集中しよう。  保健室の消毒のにおいがする空気を静かに吸い込み、ゆっくり息を吐いた。そして目を閉じ、あの時のことを思い出す…
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