悪夢から覚めるまで

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 一番酷かったのは、あの時だ。  いつものように学校へ登校した。そうしたら、 まず上履きがない。 これは、まあ、最近されていた。 けれど今回はゴミ箱に入っていたし、上履きの中にボンドやゴミが混ざった毒々しいものが入っていた。その中に混じっていた数枚のくしゃくしゃの紙には、「死ね」 「消えろ」「ウザい」 など罵詈雑言が並べられていた。 上履きは、つい先日新調したばかりのやつだった。  次に、教室に入るなり早川にぶつかられ、はじき飛ばされた。 ドアにもたれかかっている と、金子たち3人に一斉に蹴られた。 もちろん止める者はいなかった。可哀想という目で見ているだけ。  もしかすると、いや、絶対に見下すような感情もあったのだろう。  惨めな、滑稽で、可哀想な僕。 いつもいじめられて、 苦しそう。痛そう。そういう目で、あの人たちは僕を見ている。 自分と僕とは、とてもかけ離れた遠い存在で、僕は自分よりも1ランク下。 自分たちの世界とは、別の世界の生き物。 自分は 自分の世界で生きる人間。 だから安心して僕のことを可哀想と思ってあげられる。 だって自分は、 自分の世界に守られているから。そうやってもろい自分の世界に依存して、そうして自分を守った気になる。全ての人は同じ世界で生きているんだということを忘れる。自分の甘い世界にひたって、 僕を雲の上の自分の世界から眺める。ああ、今日も可哀想、って。 『お前はクズだw』 『死んでくれない?w』 『マジキモっw』  僕はそのあと金子たち3人に吐かれた暴言に耳を塞いだ。完全シャットアウトだ。何も聞こえな かった。  そのときはただただ、金子たちやクラスのみんなが可哀想だと思った。でも助ける必要も、助けることもできないとわかっていた。  だって、自分が自分の世界の中だけで生きているって気づかなきゃいけないのは、 他の誰でもない、自分だ。それを僕が言っても意味がない。伝わらないんだ。ヒントを渡す必要もない。ゼロから、自分の在るべき世界を、現実を探し直すんだ。気づいたその時にはきっと…  塞いだ耳にかすかにチャイムの音が聞こえた。 もう朝の時間が始まるらしい。  幸い、先生はまだ来ていないようだが、早く席に着こう。そう思って椅子に座ろうとした時だった。机や椅子にもまんべんなく、罵詈雑言、罵詈雑言。目からも耳からも何かが伝わってくる。 込み上げてくる。 それは涙じゃない、けど。  椅子には、ボンドがたっぷりと塗りつけられていた。机にも、消えないであろう油性のペンで「死ね」 や、他にも小さく色々書いてあった。 机の中に置いていった教材は、全て ちぎられ落書きをされ、ゴミ箱の中には、僕のノートが数冊、押し込められていた。 「おはよう、さあ、みんな席に着け。 出席確認をする。 どうした?高野。席に着きなさい」 「す、すいません。 筆箱が見当たらなくて…」 「そうか。では、一時限目までには対応しろよ。」 「はい…」  ヤバい。 早く席に着かないと。 でも椅子にボンドがくっついているし…僕はティッシュなんて持ってない。今先生にそんなことは言えないよなあ…どうする?  ふと目の前に、 1ヶ月前にやった数学のテストの解答用紙が目に入った。 僕は確か80点くらいだったっけ…  くしゃくしゃの紙を開いた。  当たり…これは、確かに僕のだ。これで拭こう。 今は時間がない。 僕がボンドを拭いているところを、みんなが見る。 視線が痛かった。 特に金子たちの方からは、クスクスという笑い声も聞こえた。 その日の休み時間は、裏庭で蹴り殴られ、紐で首を縛られた。それから、通りかかる人に無理矢理挨拶をさせられたり、それができないと口と鼻を押さえられて息が止まりそう になった。 髪の毛を引っ張られたり、3人分の宿題や、ノートとりもやらされた。保健室にも行けず、傷がたくさん残った。その日は3人に蹴られ殴られている時に指を骨折したが誰にも言えなかった。痛かったのに、声も出せなかった。  僕は金子たちには逆らえない。でも金子たちも、自分の世界には逆らえない。いつか彼女がそ れに気づいたら、僕は苦しみから解放されるんだろうか。そして彼女も救われる?でも彼女は気づいてくれるんだろうか?  多分僕は君を、君たちを一生許さないと思う。でも、たとえこのいじめが終わっても、二度とこんなことを繰り返さないでほしい。僕以外の人にも、たとえ自分の世界の中だけで生きている人にも。  だから、早く気づいて。 自分が自分の世界に迷い込んでしまったんだって。
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