悪夢から覚めるまで

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「…ねえ、祐。 前から思っていたんだけど、あなた本当に大丈夫?いくら熱血指導といっても…これはちょっとやりすぎな気がするわ。」  母さんは、悲しそうに細めた目で、こちらを見下ろした。  家のベッドに横たわる僕は、傷だらけだった。 目は腫れて、頬や腕などの至る所に擦り傷や切り傷の痕があった。 頭にはたんこぶが2つ、陣取っていた。 包帯で巻かれそれは、もはや胸を張っているようにも見える。特に、身体中のあざが目立っている。  まあでも、この状態の僕を心配するのは無理もないだろう。母さんに言わせれば、最近息子が軽い怪我をするようになったなあと思って心配していたら、いきなり「部活の先輩が…」なんて話をされ、怪我の範囲や重度もどんどんエスカレート。日に日に募っていく心配をおしのけ、笑顔で接していたけど…という感じだろう。  こないだの夜、水を飲もうと思ってリビングに行こうとしたら、父さんと母さんが僕の怪我について話していた。話の一部からすると、多分「最近ちょっと怪我が酷すぎるんじゃないか」とか、「さすがに部活でこれはおかしいんじゃないか」といった類のことを話していたんだろう。  思ったより心配かけてるなあ。いや普通にこんなもんなんだとは思うけど。でも…やっぱり部活やって回避するってのはハードルが高いな…とにかく、母さんの口からそういう質問がこないように、保護者面談とかマジでないようにと願うしかなかった。  今日も学校に行くのか…  今、僕は通学路をテクテクと歩いている。  最近は、学校を休むか保健室登校するか、もしくは思い切って不登校ってのもあるぞ、なーんて考えたりもするが、やはり所詮は気休め、というか想像、理想でしかな いのだ。  まず僕がこれを施行するのには勇気がいるし、何より母さんに迷惑をかけてしまう。それに、中学は青春なのだ。行かなきゃ損だ。恋とかもするんだ。不登校になって、次回の高校までリセットを持つ3年間なんて、お先真っ暗すぎる。  仮に高校に行けたとして、どうだ、勉強は。学問は。 僕は天才じゃない。教えてくれる先生もいない中で、毎日黙々と家にこもって勉強する日々なんて、それこそ地獄じゃないか。  もっとも、僕は学校の 「授業」 が嫌なんじゃない。 学校の「クラスメート」 が嫌なんだ。  もしあいつがいなかったら…いやいたとしても、もう少しマシな奴らだったら僕の中学校生活には、青春色の花が咲いていただろう。  僕だって、小学校では陽キャ男子だったのに…  でも、現実はそうじゃない。  今僕が現実から逃げたら、逃げてしまったのなら、きっと一生こんな生活を送ることになるだろう。今、ここで踏ん切りをつけなければ。 今、やらなければ…  うーん…  ただ、自分でもどうしたらいいのかわからない。  方法はいくらでもあるように思えるかもしれない。  カウンセラー、SNSの相談警察にも相談できるらしい。それはちょっと重々しいイメージがあるが、それは 普通のことかもしれない。日本に生きる全ての人間には、人権というものがあるからだ。他人をいじめてはならないし、いじめられてもいけない。  でも、そういうことを簡単に口にするけれど、相談できている人なんてごく一部だけだ。僕はきっとその中には入れない。  なんて、そんなこと言っていたらキリがない。  祐樹は、スマホをぎゅっと握りしめた。  小5の時に買ってもらったスマホ。 こいつがあれば、簡単にメールで相談できる。名前も知られず、顔も知られずに。面と向かって話す形式よりは、僕にとっては格段にいいだろう。  祐樹は、スマホを開き、 検索画面を表示した。  そこに、文字を入力していく。 「…あった」  サイトを開き、ログインボタンを押す。 ホーム画面からログイン画面に切り替わり、メールアドレスとパスワード、ニックネームを入力する画面が現れた。  あれ。  メールアドレスを入力しようとした手がぴたりと止まった。 手は、そのまま動かな い。まるで、 何かの魔法にかけられてしまったみたいだ。 手が小刻みに震える。 「はあ…だめだこりゃ」  やっぱり僕には、勇気がないみたいだ。 祐樹という名前が惜しいくらいに。  また別の方法を探そう、とイヤホンを両耳に押し込み、スマホのミュージックアプリを開く。 そして、お気に入りの曲を爆音で聴き始めた。
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