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もしも君じゃなかったのなら
それでも、真実を伝えたい。
彼がたとえこの真実に耐えられなくなっても。
私が、この先後悔なんてしないように。
『私は、金子麻美だよ。』
麻美は、深く息を吸った。
心の準備なんてできてない。
ただ、あなたが傷つかないようにと願った。
とても長い沈黙があったような気がした。
彼からの返信が来ていた。
『それ、本当ですか』
先程までとはうってかわって、スマホから伝わってくる雰囲気のようなものが、冷たく冷めたようになった。
彼の、色を失って青く冷め、絶望したような顔が浮かぶ。
彼もまた、この真実を、現実を信じられないでいるのだろう。いや、身体がそれを本能的に拒否しているのかもしれない。
ハテナもつかない機械的な文字が、「自分(高野)と話していたのは私(麻美)ではない。私(麻美)ではいけない」と叫んでいるようだった。
でも、私は真実を伝えるしかなかった。今は、そうするしかないような気がした。
『嘘ではないです』
『私も、あなたから名前を聞かされたときは驚きました』
『学年、組までは「誰だろう!?」とわくわくした感じもありましたが、名前を聞かされると、正直本当のことをあなたに伝えるべきか迷いました』
『でも、私の決断はこうでした。あなたは、満足していますか。私との日々が、あなたの中に過去として存在してもいいと思えますか』
満足していると言え、なんて言わない。
あなたと過ごしたまぶしい日々の記憶は、どの記憶よりも鮮明に、あなたの脳裏に刻まれるだろう。その刻まれたあとが消えることのないように、深く、深く。
あなたには、この記憶はもしかしたらナイフのように思えるかもしれない。
あなたが傷つかなかったわけがないよね。
嘘だったんだ。
そう思いたかったんだよね。
私もそうだよ。
でもきっと、あなたの方がそう思ってるよね。
あなたは、こんな私と話してくれた。繋がってくれた。
私みたいに、本当の自分を隠して。
それがなぜかはわからない、けど。
私はもう何も言わない。言えない。
だから、あなたが決めて。
あなたは、どうするの…
返信が来た。
『これまでの日々は、とても楽しかった。充実してた。でも、やっぱり僕にはこの事実は重すぎる。だから…』
『きっと、今度は違う形で、君とまた会えるのを楽しみにしてる。』
え…
それって…
待ってよ。
意味わかんない!
いやだいやだいやだ!!
やめて…!
そんなこと、あなたがする必要ないよ…!
私、そんな重いもの背負えないよ…!
麻美は、蒸し暑い夕暮れの中、サンダルをはいて玄関を出た。
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