8人が本棚に入れています
本棚に追加
日茉莉は干されているぼろ切れの布を数枚引っつかむと、躊躇うことなくブラシクリーナーの液体を浸し、スカートに当てた。
「日茉莉さん、こすらないようにね。広がるからぽんぽんと優しく」
「わかってます! ねえ、先生、汚れ落とすの手伝って! ここ、抑えてください」
「え。手伝えって言われても……」
女子高生のスカートに触れるのは抵抗があるようだ。藤宮はためらっていた。
白い絵の具は、紺色のスカートに数ヵ所、広範囲にわたってついてしまっている。乾いた布を裏地側から当て、液体がついた布を表側から一つずつ、根気よく叩いて汚れを布に移し取っていく。一人だと作業がしづらい。
放置したり適当な処理をすれば、シミになる。スカートを新しく買い換えたりはできない。日茉莉が必死になって汚れを取っていると、
「白崎さんがスカートを持って。僕がやるほうが早い」
背の高い藤宮は日茉莉の前に跪いた。顔をあげてすっと手を伸す。日茉莉は担任を見下ろす角度に驚いて手をとめた。その隙に布は奪われてしまった。彼は、慣れた手つきでぼろ切れ布にブラシクリーナーの液体を浸す。
「どうした。きれいに落としたいなら早くスカートを広げて持って」
「は、はい……」
藤宮が作業しやすいように、絵の具を中心にスカートを広げ持った。彼は黙々と、丁寧に汚れをとっていく。
油絵の性質を知っている人は日茉莉たちの作業を見ても理解できるが、知らない人から見たらなにをやっているかわからないだろう。藤宮が変な誤解をされる恐れがあることに、今になって日茉莉は気がついた。
「先生、もうだいたい取れたのでいいですよ」
「だいたいじゃあだめ。取りこぼしがあると大変だ。あとからでは落とせない」
断ってみたが、藤宮は地道な作業をこつこつ続けた。全部の絵の具を落とすのに結構な時間がかかってしまった。
「よし、全部とれた。おっけー! 日茉莉さんよかったね」
「……よくないです。すごい匂い……。しかも時間もロスした。もうすぐホームルーム……」
「まあ、こういう日もあるよな、気にしない気にしない」
絵の具は取れたが、スカートに染み付いたブラシクリーナーの独特の匂いは、しばらく取れそうにない。
「授業は体操服で受けたら? ……あ、今さら気づいた。着替えてから絵の具を取ればよかったんだ!」
最初のコメントを投稿しよう!