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藤宮は「しまった。そうすればよかった!」と、すぐに思いつかなかったことに後悔しているようすだった。日茉莉も絵の具を取ることに頭がいっぱいで思いつかなかった。
「今日一日、一人だけ体操服かあ……」
藤宮と喋っていると、HRの前の予鈴のチャイムが鳴った。
「私、着替えてきます」
ちょうど今日は体育の授業があってよかった。スクールバックと一緒に持ってきていた体操服は教室にある。
「更衣室遠いだろ。ここで着替えたら? 荷物取ってきたら内側からカギをして。教室の鍵はぼくがあとで締めに来る」
「わかりました。そうします。藤宮先生、ほんとうにありがとうございます」
「じゃ、またあとで、HRのときに」
藤宮はしっかりと自分のスケッチブックを手に持ち、そそくさと教室を出て行った。
――先生の絵、見たかったな
残念に思いながら日茉莉も荷物を取りに教室へ向かった。
体操服に着替えた日茉莉は、匂うスカートは特別美術室に置いて、授業を受けた。
「……あれ?」
休み時間、特別美術室に戻ると、スカートはすでに洗ったあとだった。しかもハンガーで吊して干されている。
「うそ。もう、乾いてる! あ、いい匂い!」
「ぼく、クリーニング屋さんになれるかも」
急にドアが開いた。中に入ってきながら藤宮は言った。
「食器用洗剤じゃ匂いが取れなかったから、柔軟剤で優しく洗ってしかもドライヤーで乾かしてみた」
筆はブラシクリーナーで絵具を落としたあと、次に油を落とすため、食器用洗剤で洗う。藤宮は日茉莉が数学の授業を受けているあいだに、日茉莉のスカートを洗い、乾かしてくれていた。
「え……。先生が乾かしてくれたの!? 美術教師って、暇なの?」
「暇じゃない。さっきはたまたま授業がなかっただけ! 絵の具がついた前のほうだけ洗ったんだけど、キレイに乾いてよかったね。あ、僕が勝手に女子高生のスカートを洗濯するヘンタイだということは、誰にも言わないでね」
誰もいない教室で、スカートをこそこそと洗う藤宮を想像して、日茉莉は思わずぷっと笑ってしまった。
「こら、笑うな」
「だって!……ごめんなさい」
「こういうときは、ありがとうだろ」
日茉莉はもう一度、手に持っているスカートを見た。くんくんと嗅いでみると、柔軟剤の爽やかな匂いに、微かにジャスミンの香りがした。
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