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「……とりあえず、わかりました。私は今、絵が描ければそれでいいので。先生、ありがとうございます!」
土日に描く許可がおりたならここで油を売っている場合じゃない。今の日茉莉には一分、一秒が惜しい。進学云々は脇の隅に置き、藤宮にぺこりと頭を下げると急いで絵の制作に戻った。
土曜日は朝から日が暮れるまで休みなく、ずっと立ちっぱなしで描きまくった。
頭の中にあった絵が、今、目の前で形をなそうとしている。しかも、最初思い描いたもの以上の絵に仕上がりそうで、日茉莉はわくわくしていた。
何時間でも平気でキャンバスの前に立ち、絵の世界にのめり込んだ。
「……さすがに疲れた」
西日が教室を染めるころ、さすがに集中力g切れた。
「頭と目が痛い。くらくらする」
肩も凝りすぎで痛い。腕は鉛をぶら下げているみたいに重く、高くあげらない。身体全体がだるかった。
だけどまだ絵は描きあがっていない。細かい微調整に入ってからゴールまでが恐ろしく長かった。
描きこみ不足は明らかだが、身体はさっきからずっと悲鳴をあげている。頭だけは元気で、描きたい衝動が起きる。
――あと、五分……。
駆り立てられるように重い筆を振り上げたとき、藤宮がストップをかけた。
「続きはまた明日描こう」
「でも……」
「もう下校時間だよ」
壁の時計を見ると、校舎の施錠五分前だった。
日茉莉はしぶしぶで「はい」と答えると、絵筆を置いた。
「明日一日にかけます」
日茉莉は暗い夜道を自転車で帰りながら「疲れたぁ―!」叫んだ。
間に合うだろうかという焦りと、絵がもうすぐ完成するというところまで来た実感で、高揚していた。
――早く、明日にならないかな。絵を完成させたい……。
「ただいまー」
家に帰ると、母親が待ち構えていた。
「おかえり。先生から連絡あったの。今帰らせましたって」
帰りの遅い日茉莉を心配しているといけないからと、藤宮が先に実家へ連絡をしてくれていた。
「遅くなってごめん」
「絵は間に合う?」
「……がんばる!」
母親はふっと笑った。
「あまり無理しないようにね。ご飯食べるでしょ?」
「うん、食べる。お腹ぺこぺこ! 先に着替えてくるね!」
日茉莉は制服からルームウエアに着替えると、リビングに戻った。
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