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姉弟はもう、食べ終えたあとらしく、日茉莉の分だけ温めてくれている。そのあいだ、部屋に飾ってある『ジャスミンの花』の絵を眺めた。
「いつ見てもきれいだなあ…」
――私の絵、お父さんが描いたこの絵のように、人に感動を与えることができるかな。ジャスミンの絵、誰かの心に残る絵になればいいな……。
祈るような気持ちでそっと、ジャスミンの絵に触れた。
「日茉莉―。ご飯できたわよー取りに来て」
「あ、はーい!」
絵から離れ、日茉莉は夕飯を受け取りにキッチンへと向かった。
翌日の朝、日茉莉は目を覚ますと、素早く身支度をすませた。
「……今日でラスト! 気合入れる!」
母はすでに仕事に行っていた。ダイニングテーブルには、お弁当が置いてあった。『絵、楽しみにしてる』と書かれたメッセージカードがそばにあって、日茉莉は母のやさしさと愛情を感じて嬉しいけど照れくさくなった。
お弁当とメッセージカードをスクールバックに突っ込む。
「日茉莉姉、いってらっしゃーい」
日茉莉は三つ下の中学生の日和に見送られ、いつものように家を飛び出した。
「もう少し、ここに光が欲しい……」
絵は最終段階だ。離れて全体を見る時間が増える。
少し描いては全体のバランスを確認するために日茉莉は絵から距離を取った。最終日は自分の作品を客観的に眺める時間が増えていた。
ほほえむ花嫁の瞳は、一番最後に丁寧に時間をかけて描きこんだ。
あの時の光景と、胸を埋め尽くした感動を、鮮明に何度も思い出しながら筆を走らせる。日茉莉は、絵を描いてきたこの数ヶ月間を思い出していた。
ほほえむ口元を描くときは自然と自分もほほえんでしまう。絵を描くとき、やさしい気持ちになれて本当に楽しかった。
赤い夕日が教室の中を満たしたころ、日茉莉は絵に、自分の名前を書いた。
「完成、おめでとう」
ずっと傍で見守っていた藤宮が、日茉莉に話しかけた。
「いい絵が描けたね。……お疲れさま」
藤宮はすっと手を伸ばし、握手を求めてきた。
「……藤宮先生。ありがとうございました」
日茉莉は照れながら、その手を握った。
「白崎日茉莉さん。もしさ、この絵を譲ってと言われたらどうする?」
「……え?」
突然すぎて、すぐには理解できなかった。藤宮の真剣な顔に、赤く焼けた夕陽が当たる。
「譲る? この絵を?」
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