虹色パレット

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 ――卒業制作のために何ヶ月もかけて描いた初めての100号サイズの絵を……人に? 「考えられない。というか、考えたことないです」  日茉莉の返事に藤宮はふわりと笑った。 「描いて自分なりに満足できたのなら、その絵は惜まず人に譲りなさい」  藤宮は握っていた手に力を入れて言った。 「どういう意味ですか?」 「自分で考えてみて。たとえば、誰に一番あげたいか」  日茉莉は藤宮の意図がいまいちわからなかった。だけど彼のあたたかい瞳を見ていると、大切なことなんだろうなと思った。 「わかりました。考えて見ます」  頷くと、藤宮は握っていた手をゆっくりと解いた。 「本当によくがんばったね。結果、楽しみにしてる」    翌日、一日置いたくらいでは乾ききらなかった日茉莉の絵には、『塗りたて』と書かれた紙がキャンバスの裏に貼られた。  絵は授業がある昼間、今回出品する美術部などの生徒数人の作品と一緒に、藤宮が一人で会場に運んだ。  全国から郵送などで運ばれて来た絵は、数百点に及ぶ。これから名のある審査員たちが数日かけて一点一点審査していく。 「結果は五日後、ホームページで確認だね。とりあえず、お疲れさまでした」 「お疲れさまでした」  放課後、日茉莉は代理で搬入してくれた藤宮に頭を下げると、すぐに次の制作に取りかかった。  結果が出るまでの数日間、日茉莉は、どうなるだろう? と考えては胸をどきどきとさせた。  でももう提出したあとだ。絵にしてあげることはない。今考えるべきことは目の前の絵。  日茉莉はすでに五回目の下地塗りが済んだ大きなキャンバスをじっと見つめた。 「絵は惜まず、人に譲りなさい。か……」  ――先生は、なんでそんなことを言ったんだろう……。  キャンバスと向き合いながら藤宮の言葉を考えた。  詳しい説明はなかったが、日茉莉はあげるなら誰がいいか、考えた。  ――もし、ジャスミンの絵を誰かにあげるとするならば、やっぱりあの人しかいない。  日茉莉の頭には、ふわりとほほえむ彼女の笑顔が浮かんでいた。 「白崎さん、ちょっと美術教員室に来て」  高校美術展に絵を提出してから五日後、特別美術室で絵を描いていると、突然藤宮が日茉莉を呼びに来た。彼の後ろ黙って歩きながら、美術教員室に向かう。  ――来た! 入選の結果が、きっと出たんだ……!  緊張で心臓がばくばくと暴れている。不安と期待で胸が痛かった。
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