虹色パレット

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「進学せずに就職します」 「就職か……。それで先日提出してもらった進路調査書には第一希望も、第二希望も空欄だったんだね。でも、就職を決めるには早すぎない? せっかく進学校で今、絵について学んでいるのに」  学校の卒業生はほとんどが美大か、専門学校に進学する。就職組はごく一部だった。 「もう勉強したくないから就職? それともやりたい仕事があるとか?」 「それは、内緒です」  藤宮に背を向けると、ふうっとため息が聞こえた。 「まあ、その件はまた今度、面談のときにじっくり聞くよ。今は貴重な美術の時間だし、屋上で昼寝してないで戻るよ」 「もう! だから私は昼寝してません!」  振りかえると、藤宮はやさしい眼差しを日茉莉に向けていた。 「焦ることはない。ゆっくり考えていこう。な、さぼり魔さん」  藤宮はのんきな声で言うと、先に階段を下りはじめた。 「さぼってません!」と叫びながら日茉莉は彼の背を追った。 * 「――はい、みんな聞いて。今日は先日張った100号のキャンバスに下地を塗っていこう」  数日後、日茉莉は誰よりも気合いが入っていた。 卒制の課題は毎年恒例でほぼ同じ。絵画が二枚、素描、グラフィックデザイン、自画像、立体工作。  その中で一番のメインは絵画。キャンバスの大きさはF100号。162×130センチもあり、日茉莉の背丈を越える。  壁のようなキャンバスは、前回の授業で生徒たちがそれぞれ協力して、自ら布張りをした。 「色に深みや厚み、重量感や存在感を出すためには下地って大事な工程だから、適当にしないでね。せっかくの100号って大きなキャンバスなのに、薄いのっぺりとした仕上がりにだけはならないように」  日茉莉は説明を聞きながら何度も強く頷いた。  油絵は下地が大事だ。まず最初に、白色無地のキャンバスに色を何層にも重ねる。最終的に青っぽい色に仕上げるのなら、その反対色、赤系や茶色をまず刷毛やペィンティングナイフでザッと塗っていく。 「下地塗って余った時間は資料探し、スケッチブックに構想を練ったり、下書きの続きをしてください。では、作業を開始して」  藤宮の合図で集まっていた生徒は散り散りになった。  日茉莉もさっそく自分のキャンバスの前に立つ。  絵画の授業は週に三日ある。油絵の具は二日から四日乾くのに時間が必要で、下地が乾くまでの間はデッサンをしたり、構図を決めたり、他の課題作にとりかかるなど自由だった。
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