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「日茉莉さん、声が大きい。とりあえず入って?……君の元実家だし」
藤宮は慣れた手つきで、門を開けると、中へ入った。飛び石の上を進み、家の玄関前につくとポケットから鍵を取りだした。
――まだ信じられない。まさか、先生が今私の元実家に住んでいるなんて……!
「本当なの? ここ、先生の家?……買ったの!?」
「うん。買った。ここはもう、ぼくの家」
日茉莉は目と口をあんぐりと開けた。
「……先生って、金持ちだったんですね! 公務員の貯金が、一軒家買えるほどだなんて!……さすがにびっくりです」
「ぼくは独身だよ? さすがに理由もなく、ほいほいと一軒家は買わないよ」
「じゃあどうして?」
「とりあえず、こっちの母屋より離れのアトリエに行こうか」
「え……。別に、母屋でもいいよ」
日茉莉は首を傾げながら聞いた。
「散らかってるんだよ。まさか今日、日茉莉さんを家に招き入れることになるなんて、思ってもみなかったから」
不貞腐れた顔の藤宮は玄関を開けるのをやめ、庭を突っ切ていく。
「え。待って! 先生!」
日茉莉はあわてて藤宮の後を追った。
「はい、どうぞ。……ここもまあまあ、散らかってるけど」
藤宮は倉庫のような建物の引き戸を、思いっきり勢いよく開けた。
「う、わあ……懐かしい!」
日茉莉はどきどきしながら中を覗いた。
離れのアトリエは十二畳ほどあった。天井は高く、トイレや簡易シャワー室の上はロフトで横になるスペースがあった。小さなキッチンもあり、ここでよく父は何日も籠って絵を描いていた。
今は中央に大きな作業用の机が置かれていて、物が乱雑に置いてあった。壁には100号サイズの大きなキャンバスがいくつも重ねて凭せかけてあり、父がアトリエとして使用していたときより手狭に感じた。
「先生、ここで絵を描いたりするの?」
「まあね。最近は朝が早いからすっかりここにいる時間が減っちゃったけど」
藤宮はにっと笑った。靴のまますたすた中に入ると、手ごろな椅子を引っ張りだし、日茉莉に差し出した。
日茉莉はゆっくり中に進むと、素直に椅子を受けとり、ちょこんと座った。
「飲み物、オレンジジュースでいい?」
藤宮は腰ほどの小さな冷蔵庫の前にしゃがむと中からオレンジの缶ジュースを二本取り出した。日茉莉の元まで来ると一本を日茉莉に手渡す。
「ありがとうございます」
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