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「あった、これだ。白崎さん、絵を出すからちょっと離れて」
「あ、はい」
日茉莉は藤宮から少し離れた。藤宮は日茉莉にはキャンバスの裏側を見せた状態で、100号の半分ほどのキャンバスをずるずると引きずり出してきた。
「見せるよ。いい?」
――もしかして、先生の描いた絵かな?
藤宮のもったいぶった言い方に期待した。胸がどきどきと高鳴る。
一拍溜めてから藤宮は、絵を反転して表を日茉莉の方へ向けた。
「……えっ」
その絵を見た瞬間、日茉莉は息を飲んだ。
信じられないと思う一方で、初めて見た絵なのに、一目見ただけで確信していた。
この絵は、父が描いた絵だということを。
「これ、……私?」
「絵のタイトルはシンプルだよね、“5歳の日茉莉”」
日茉莉は目を見開いたまま、藤宮を見た。
「私、この絵、見たことない……」
死んだはずの父の新作に出会えたような気分だった。胸がぎゅっと熱く、切なくなった。
日茉莉は、ゆっくり絵に近づいた。
キャンバスの中には楽しそうに笑っている、五歳の日茉莉がいた。
「きみの父親から譲り受けたものだよ」
日茉莉は目を瞬いた。
「さっきは、ごめん。言いたくないなんて言って。本当はこの絵を日茉莉さんが卒業してからあげようと思って、それまで黙って驚かそうと思ってたんだ」
藤宮はいたずらがばれた子どものように、はにかんでいる。
今まで知らなかった情報を一変に知ってしまい、疑問が次々と湧いてくる。
「先生、ここに住んでいるのは偶然? それとも、父と関わりがあったんですか?」
日茉莉の質問に藤宮はやさしい瞳を向けた。
「きみの父親、白崎さんはぼくの絵の師匠だよ。ずっと、前から……きみが生まれる前から知り合いだ」
「知り合い、だったんですね」
日茉莉は、藤宮がここに住んでいると知って、薄々そうなんじゃないかと思っていた。それが本当だったことがわかって、縁を感じただただ驚いていた。
「だから、ぼくは白崎さん……日茉莉さんのこと、最初から知っていたよ」
「最初から?……そうだったんですね」
「うん。きみは、すっかりぼくのこと忘れてたけどね」
藤宮は絵を壁にかけかけながら笑って言った。
「すごい偶然ですね! うわあっ。きっと、お父さんも驚いてる! まさか自分の絵の教え子が、今は娘の先生だなんて!」
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