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「100号……やっぱり大きいっ!」
――無限に広がる白い世界を、自由に私色に染めていいんだ……。
わくわくしていた。キャンバスを見つめながら、イメージを膨らませていく。
描きたい世界はいっぱいある。だけど、卒業したら絵は描かない。
思いっきり描ける世界は……ラスト二枚。
そう考えると、絵描きとしての集大成を描くには、100号でさえ狭く感じた。
後悔のないように想いをぶつける。胸の奥からは赤く滾る闘志が次々と湧き上がっていた。
2枚のキャンバスの下地塗りに二週間かかった。何層にも塗ったことで色に厚みが増して、日茉莉は満足だった。
指先で触ってキャンバスが乾いているのを確認すると、パレットに絵の具をしぼり出した。茶色の絵の具、バーントシェンナと油液を筆先で混ぜて薄くする。
「よしっ!」
ぱんっと両手で頬を叩く。腕を大きく振って、筆を一気に走らせた。
下書きは、スケッチブックに何度も描いた。作業工程も頭の中でイメージ済みだ。準備は万全でアイデアは固まっている。
ざっくりとした輪郭と、骨組み部分を数分で描き終えた日茉莉は、キャンバスから離れた。
遠く離れてバランスを確認する。
微妙なずれや歪みに気づき、近づいて修正する。そしてまた教室の壁までさがってバランスを見る。少しずつ、細かく描きこんでいく。イメージした絵が具体的になっていくのが楽しい。
好きな絵に没頭しているときが、食事をするよりも、おしゃれして出かけることよりも、幸せだった。
授業の終わるころ、大きなキャンバスにはたくさんの色が無造作に散りばめられていた。はたから見たらでたらめな配色で、色が混沌としている。
100号のキャンバスは片付けるにもいちいち大変で、片付ける場所も限られる。そのため三年になると、卒制専用作業スペースとして、空き教室を特別に生徒に与えられる。
制作途中の作品はそのままにして、休み時間や放課後になると作業をつづけた。
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