虹色パレット

8/49
前へ
/49ページ
次へ
「白崎さんは受験対策をしなくていい。でも、だからって勉学を疎かにするのはダメだ。やることはやる。……そうだね。必修科目は常に85点以上をとること」 「85点以上とれば、受験勉強しなくていいんですね?」 「そう、絵を描きまくる条件だ。これだけは守ってもらう」  必修科目を常に100点満点なら厳しいが、85点がボーダーラインならできないこともない。  進学校のため、合格者は多いほうがいいはずなのに、藤宮は日茉莉の気持ちを尊重し、優先しようとしてくれていた。 「先生、ありがとう。私、いっぱい描くね!」  もう、迷いはなかった。日茉莉は勢いよく頭を下げると、教室を出た。ドアを、ぱたんっと閉じる。  ――力のかぎり尽くす、か。藤宮先生、やっぱりいい人。  進学は、経済的に厳しいとプライベートな話をするのは勇気がいったが、藤宮を信じて、打ち明けてよかった。  廊下の窓の外に視線を向けると、抜けるような青空が見えた。小鳥が数羽、渡っていく。 「最後まで、がんばろう」  身体が軽い。まるで背中に羽が生えたみたいだ。心を弾ませながら日茉莉は、廊下を駆けていった。 * 「ただいまー、日茉莉、日向、向日葵お母さん帰ったよー」  その日の夜、妹と弟が食べたご飯のお皿を日茉莉が洗っていると、仕事を終えた母親がくたくたになって帰って来た。 「お母さんおかえり。ご飯作ってるよ。食べる?」 「いただくわ」  母を笑顔で迎えながら日茉莉は、彼女の分の食事を温めはじめた。 「ねぇ、日茉莉。今日行けなくてごめんね。面談はどうだった?」  母は着替えもせずに荷物だけ椅子に置くと、娘の日茉莉が立つキッチンに来て訊いた。 「進学しないって伝えた。今は絵に集中したいからって伝えたら応援するって」  今日の夕ご飯はカレーだ。日茉莉はなべの具を掻き混ぜながら答える。 「あら、そう。藤宮先生が…」  母はキッチンに立ったまま視線を、リビングに飾ってある『ジャスミンの絵』へと向けた。そして、もう一度、日茉莉に視線を戻すとほほえんだ。 「お父さんが生きていたら、きっと、日茉莉が決めたことなら反対しないって言ってたと思うの。あなたは自分の好きなことをがんばりなさい。お母さん応援してる」  日茉莉の進路について、母は進学しなさいとも、就職して家計を助けて欲しいとも言わなかった。ただどうしたいかだけを何度も聞いた。 同時に、「もう自分のことは自分で決められる歳。後悔のない選択をするように」と口すっぱく日茉莉に繰り返し言った。 「あなたは父親に似て頑固だから……。無理だけはしすぎないでね」 「はーい、無理せず頑張りまーす」  日茉莉は母親のためにご飯をよそいながら返事をした。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加