(仮題)魔女と聖女の踊る国.5

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(仮題)魔女と聖女の踊る国.5

「なんだ?」  その青年は足元にきらりと光るものを見つけて、立ち止まった。身をかがめ、拾い上げる。 「耳飾り?」  青年は落し主の姿を探して、周囲を見回した。王宮の庭園の一角、噴水が春の日の光を浴びて幻でも噴き上げているかのように煌めいている。  近くには誰もいなかった。  耳飾りを日にかざす。クリスタルと金細工で聖符を形作っているその耳飾りは、華奢で清廉で、持ち主の姿を青年に妄想させるのに十分だった。  ただ一つ、クリスタルの一箇所が欠けているのを除けば、完璧なアクセサリー。 「ま、メイド頭にでも届ければいいか!」  どんな可愛いお嬢さんが持ち主なのかな? 手元に届ければお礼の一つでも言ってくれるかも。そうしたら、舞踏会のダンスに誘う人ができるんじゃないか?  王都に着いたばかりの青年は、これで知り合いのいない都でも幸運が掴めるかもと淡い期待をした。そうして、彼はホクホクと耳飾りを手に歩く。  その耳飾りを拾ったことが、蝋燭の炎のような淡い期待など、一瞬でかき消す嵐の運命を彼にもたらした。  その耳飾りを拾ったことが、彼の身だけではなく彼の国、全ての住人の運命を大きく転換させることになろうとは、彼はその時、微塵も考えてなかった。 「この男の名前は……ローゼル。かな?」  今日の自分ノルマは書き上げた。宿題をしなくちゃ。パソコンを閉じ、ノートと教科書を広げた。でも、考えるのは一翔のことだった。
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