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掛ける.1
「学校について調べ物するならここでしょ?」
放課後、一翔に連れてこられたのは学校の図書室だった。人は少ないが、それでも調べ物をしている奴や、本を選んでる奴はそれなりにいる。テーブルの一つに陣取った後輩女子がチラチラとこっちを見ていた。
声量は抑えているが、俺と一翔が話してる会話は周りには筒抜けだろう。
まあ、俺たちがこれからする話に後ろめたい事なんて全くないけどな。ただ単に、クラスの出し物の下調べと方向性の確認ってだけで。
クラスの出し物は、体育館を使ったクイズ大会に決り、俺たち二人はその問題のネタを集める役目だった。一翔は押し付けられて……多分、引っ込み思案の一翔が何もできなくってクラスの足を引っ張ってまごつくのを女王様は狙ってるんだろう……俺は、自ら進んで名乗り出て。
「じゃあ……これがクイズ問題制作の要点で……」
クイズのテーマは俺たちの学校に関するトリビアって決まってる。
まぁ、毎年どっかの学年のどっかのクラスが似たような出し物やってるんだけどな。でも、俺たちは俺たちなりの特色出さないと……。
「えっと……問題は全部で十問だったよな」
「簡単な問題が四問、中級の問題が三問、ちょっと難しいのが二問で、一番最後に難しいの一問だけど……十問に絞るのに倍ぐらい候補があった方がいいよね」
「あと出題分野は……。学校の歴史・部活に関する話題・先生についてだっけ」
「そうだね。歴史はやっぱり難しいから最後の問題にしたほうがいいかな……」
「ああ。それとさっき思い付いたんだけど、校歌に近くの山が出てくるじゃん。山の写真を二つ見せてどっちがあの山か当てるってのはどうだ?
ほら、事典サイトに山の写真が載ってるからそれを利用してもいいんじゃないか?」
「うーん。確かにそれいいかも! 勘で答える設問って面白がられるよね」
「先生に関する問題も集めないと。秋宮、仲良い先生いる?」
「ううん、いない。冬麻君は?」
高校では目立たない空気の俺は、親しくしている先生も特にいなかった。
でも、俺たちは成績の悪い素行不良児じゃない。それなりに勉強もできて、問題も起こさない、聞き分けのいい生徒だったはずだ。先生たちの心証はそんなに悪くないと思う。
学園祭のために話が聞きたいって言っても無碍に断られたりはしないだろう。
「まず、担任から当たってみるか……問題にするなら校長先生のネタとか?」
「あと、英語のサポートティーチャーのブルック先生についてなんかがいいんじゃない? ブルック先生人気あるし、今年赴任して来たばかりだから、過去の問題と重ならないよね」
それからしばらく俺と一翔はクイズについて話し合った。
一番難しい問題について学校の歴史を調べたり、他の設問を作るのに誰に取材をするか相談したり、結局図書室が閉まるまで二人でいた。
最終下校時間のチャイムが鳴る。ふっと顔を上げた一翔は慌てたように……それとも取り繕うように? カバンを掴み立ち上がった。
「じゃあ、冬麻君。また明日」
「待てよ! 帰る方向同じだから一緒に帰ろうぜ」
「あ……うんん。私ちょっと急ぐから、先に」
「急ぐ? 今更?」
一翔はまた逃げようとしているようだった。だが、俺は一翔を逃す気はなかった。だから。
「昼間のさ、カケルの話、ちょっと聞きたいと思って」
誘いの文句を言う。走り去ろうとしていた一翔が『カケル』の一言でぐっと立ち止まった。そして恐る恐る俺を振り返る。
「えっと……迷惑、じゃない?」
「ああ。別に迷惑じゃない」
迷惑どころか本当は少し期待していた。俺の書いた話を読んで気に入ったっていってくれる人間が実際目の前にいる。当初の驚愕が去ると俺は一翔に気づかれないように密かに興奮していた。
そりゃ、俺の書いた小説、小説投稿サイトで感想が書き込まれたりもするし、新刊が出るたびに評価を探してエゴサーチだってやった。
けど、一翔と話せば、ネットの感想以上の何かが得られるんじゃないかって。
いや、当然一翔の観察もしたかったのも、それなりにある。でも二つの思いのどっちが誘惑として大きいのか、自分自身の事なのに俺にもよくわからなかった。
「わ……ううん。やっぱり先にか、」
「なんだったら、布教本借りてもいいぞ」
そう言えば、一翔は俺の提案を断らない。その読みに自信があった。で、案の定、俺の提案に一翔はぱっと顔を輝かせる。
「わかった……途中まで一緒に帰るね」
ちょろい。
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