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掛ける.2
「でもさ、カケルの小説何が気に入ったんだ?」
下校の道すがら質問する。一翔は数日前とは違って下を向いた。
「うーん。一番好きなところは……登場人物みんなに『自分』があるところかな? 私みたいに周りに流されるんじゃなくって、自分の信念と目的を持って動いてる。どんな状況でもへこたれないすごくかっこいい人を書いてあって、なんていうか……キャラがストーリーにそった役を演じているんじゃなくて、その世界でその人自身の人生を生きているって感じられるんだ」
「でもさ、話の中には悪役だっているわけだろ?」
「そうだね。でも、その人たちにも『悪くなる』理由がちゃんとあって、『悪い』行動をしててもその向こうにその人なりの信念があるってわかるから、登場する悪役もすごくかっこいいなって思えるよ」
「へー。へぇ」
「むしろ、悪役の方がカッコよく書かれてるかも」
そう言って、一翔はへへっと笑った。一翔の笑った顔を初めて見た。
けど、俺は一翔の笑った顔より、一翔が言った『カケルの話は悪役の方が好きだ』という言葉にはっきりと興奮していた。
なぜなら、それが俺の目指していたところだからだ。
主役がかっこいいのは当たり前。
それ以上に、悪役にカッコよさを持たせてやりたいと思っていた。悪役が生き生きと動く話こそが、一番面白い小説になるって信じてたから。
それが、読者にもちゃんと通じていたんだ!
「だからさ……私、このままじゃいけないって思ったんだ。ずっと私、自分てものがあんまりなくって小学校も中学校も……高校に入ってからもずっと……同じグループの人にくっついてるだけだったの。
でも……、カケルさんの小説読んで、それじゃダメだったんだなって」
一翔は笑顔をすでに消していた。
「え?」
独り言のように呟かれた最後の言葉は聞き取れなくて、問い返す。
「うんん。カケルさんの小説は、私を変えてくれたんだ。それぐらい力がある話だから、冬麻君も読む時は気をつけてね」
一翔が再び笑った。その笑いは確実に何かを諦めた笑いだった。だけど、読む人を変える話だって言われたのに俺は戸惑い、衝撃を受ける。
だって、一翔は俺の小説を読んで変わって……何か悪い状況に取り憑かれてしまったと、そんなふうに思えたから。俺の小説を読んで、悪影響があった? まさか、イジメられてるの俺の小説のせいなのか? いいや、ラノベ読んでイジメられるって何十年前の話だよ?
ラノベの生息域が極小だった伝説級の過去の逸話じゃねーか。
「秋宮。カケルの話読んで、秋宮が変わったからイジメられてるのか?」
一翔はハッと顔をこわばらせた。
「うんん……そうじゃない。私、カケルさんの話読んで……変わらなきゃって思って……一番難しいことに挑戦して……失敗しちゃったの」
そこまで言って一翔は足を止めた。
「冬麻君。私こっちだから。……あと、学園祭の係以外の用事で……もう私に話しかけないで」
そう言うと、何も言えないでいる俺を置いて、一翔は走り去っていった。
俺はさっきよりも激しい衝撃を受けていた。
理由も言われず一翔に拒絶されたことに? それとも、一翔が俺の小説を読んで、自分を変えようと挑戦したって言ったのに対して? それとも、その挑戦が失敗したって結果に対して?
でも、自分の感情なのにその衝撃の出どころはわからなかった。
何か、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
そりゃ読んだ人に何かを与える話を書きたいと思っているよ。基本はエンタメ上等! だけど、ただ消費される話じゃなく、読んだ人がちょっと考えるような話を書こうと。拙くても言い回しが下手でも、ただの都合の良い妄想や文字の羅列以上の話にしたいって。そう願っていた。
でも、実際俺の話を読んで自分が変わったと言われて、俺の小説が何か行動を変えるきっかけになったと言われて、そのせいで失敗したと言われて、それが受け止めきれなかった。
そして、言うだけ言って一翔は俺を拒絶した。
それは、俺がカケルだって知らないからだ。俺がカケルなら一翔はこんなふうに俺を拒絶しなかったはずだ。それがどうした? 俺が拒絶されたのに違いはない。
別に拒絶されたって気にしないでも良かったはずだ。確かに一翔は俺の読者で、俺の目の前に実存する唯一の読者だったけど、でもそれだけっていえばそれだけだ。クラスメイトで学園祭の役目が同じなだけで、友達じゃない。
ただの観察対象にすぎなかった。
そのはずだった。
でもその時俺は確かに、一翔を気に掛けていた。『一翔を気に掛ける』その自分の思考を止められなかった。
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