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賭ける.3
「秋宮。おはよ」
「……冬麻君。おはよう……」
「今日の放課後、空いてるか? クイズの問題、取材の準備の話がしたい」
「また図書室にする?」
「いいや、調べたら分かる系の問題はもう作っちゃったし、教室でやろ」
「……うん。そうだね」
次の日の教室。全てを拒絶している一翔の殻に無理やり入り込んで、俺は一翔と会話した。もっともクラスメートに聞かれているのは前提だったから、必要事項の伝達だけだ。
俺の言葉に一翔は頷いて、それから周囲を見回した。春日が俺たちの方をじっと見ていたのを確認し顔色が曇り、沈み込むようにノートに戻っていった。
俺は、一翔を掬い上げなかった。
一翔と同じように春日の方に一瞬視線を向け、教室の女王様の怒りに満ちた表情を確認すると自分の席に戻った。
始業のチャイムが鳴って授業が始まる。
先生の話を真面目に聞くお行儀のいい生徒になって俺はその日一日をやり過ごす。
授業の合間の休み時間も、昼休みも、俺は一翔に声をかけなかった。
いや、むしろ無視していた。
昼休み、一翔は春日たちにどこかに連れ出されたのも、我関せずとしていた。きっとイジメられてる。そんなの確かめるまでもなかったけど、俺は一翔を助けに行きはしなかった。
女子のイジメに男子が関わってもどうしようもない。クラスの空気の俺一人が助けにいったところでどうしようもないだろ。なんて言って連中の間に入る?
イジメのきっかけが一翔の恋愛対象の告白だって事が本当だったら? あるいは逆に昨日の春日の言葉が嘘だったら?
どっちにしても、春日はなんでわざわざあんな事を、俺に言ったんだろう?
俺までイジメが飛び火するのは御免で、だから一翔を助けるいい解決策も考えられない。
いいや、俺は助けようとしないのではなく、一翔を助けられる可能性もない。弱いな。俺。
卜部は中立でいろって言ったけど。今の俺は、中立なのかな? 中立だとしてそれで?
今では一翔は観察対象で、イジメられてるから興味を持って近づいた。だから、イジメられてる一翔が俺にとっては通常で、イジメられていない一翔には……いくら名前が同じでも……ここまで関わろうとはしなかったはずだ。
虐げられている一翔が内に抱えてるものを白日の元に晒し、それらを観察し、話に昇華させたい。だから助けない。その思いだって今も確実に俺の中にあった。
その思いはどこまでいっても身勝手で残酷なのだろう、と自覚はしていたけどその思考が俺自身なのも、否定できなかった。
でも、俺は本当にこのままでいいのか?
そう思っているうちに、その日の授業は終わり、一翔は俺を振り返った。
「冬麻君、問題の候補もう作ったんだよね」
「ああ。秋宮もだろ?」
「うん。えっと十五個。答えも作ったのがこれとこれで、あとは先生とかに取材する」
「ああ。俺の問題は……」
教室の中にはそれなりにクラスメートも残っていたから、俺は一翔と普通に話している。
教室で堂々と一翔と話しているのは、春日は俺の邪魔はしないだろうという読みがあったからだった。だって、俺が一翔に近づいたのははっきりきっぱり学園祭の出し物のためだもんな。
クラスの仕事だって言い訳は立つし、実際それ以上の話はしていない。
小声で会話してるのでもないから、近くの奴らが全員俺たちの証言者だ。
春日が一翔と親しくしている俺が気に入らなくても、学園祭でのクラスの出し物をぶち壊すわけにもいかないはず。俺たち……。いいや、俺には余計なちょっかいは出さないはず。
俺はイジメられない、安全なはずだ。
自信はないが自分の予想に全てのチップを賭けていた。俺はその読みに賭ける。
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