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(仮題)魔女と聖女の踊る国.8
「この塔、なんなんだよ……まったく……」
ぼやきながらローゼルは封印の塔を上っていった。この塔に封印されている魔女の、魔力の源になっている髪の毛を切り落とし、持って帰還する事。
それが、勇者候補のローゼルに課せられた最初の試練だった。
もっとも、それは他の勇者候補のより格段に容易いものだった。他の勇者候補が郊外のダンジョンに潜らされたのに対して、ローゼルは王城を内包する中央神殿のまさに中心部にある塔に上り、力を削がれ封印されている魔女の髪を切ってくれば、それだけでいいのだ。
きっと、聖女ソフィアの恩寵が効いているのだろう。
ソフィアはローゼルが気に入ったようで、これまで二人きりのお茶の席は十を数えた。それだけではない。ソフィアはローゼルに何かと気を使ってくれている。
その意志は隠されもせず明白なのだろう。すでにローゼルは真王・神官・貴族たちから一目置かれていた。
早々と、聖女に指名される次期勇者はローゼルだと噂されてもいた。
「でも、ここ本当に神殿の中なんだろうな?」
すぐそばの祈りの施設もこの塔が立つ中庭も手入れが行き届き、夏至の日のように完璧なのに、この塔に一歩足を踏み入れると、蜘蛛の巣と湿った場所にいるゾワゾワする生き物の行進に巻き込まれる。
「ま、別に大した事ないって言っちゃえば、大した事もないけどな」
中央神殿のある王都でぬくぬくと育った貴公子なら、ゾワゾワのオンパレードに嫌悪感を抱いたのかも知れないが、あいにくとローゼルは辺境のど田舎の出身だった。
蜘蛛やゾワゾワの類には慣れている。
「でもよ。おかしいな……この塔、見た目は低いのに中はこんなに長い階段が……」
松明を持ち、ローゼルは塔を上っていく。どこまでも続くと思われた階段が終わったのは、唐突だった。
「ここが封印の部屋か」
ローゼルは魔女に会う覚悟を決めるために、深呼吸した。神官から預かった鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。一つ息を吐いて唾をごくりと飲み込み、鍵を回した。
ぎいっと微かな音をたて、封印された扉が開く。
何が待ち構えているのか?
扉が開くにつれ、日差しがローゼルの前に届く。
何が待ち構えているのか?
扉の向こうの封印の部屋には、光が溢れていた。
そして待ち構えていたものは……。
「あなた……誰?」
歳をとった醜い魔女ではなく、見窄らしい少女だった。
ボロボロの服を着て膝をつき神に祈っていた少女は、剣を手にいきなり入ってきた青年を丸い目で見つめている。
あちこちに傷のある痛々しく痩せ細った身体。手入れがされておらずメデューサのようにボサボサの髪。
ローゼルに向けられた赤い瞳には生気がなく、彼女が武器を持った突然の乱入者にも恐怖を感じれるだけの、最低限の扱いすら受けてないのは明らかだった。
「魔女って……この子が……?」
偽りだな。この話は、嘘っぱちだ。でも、この嘘を書き続けるしか今の俺にはできない。
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