書ける.1

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書ける.1

 俺は学校に向かう坂道を上っていた。周りでは同じ高校に通う高校生どもが、わきゃざわしながら校門を目指している。  それはある意味BGMみたいだった。周囲の景色を流しながら、俺は頭の中で新作の展開を考えている。その思考が何かに引っかかって止まった。  目の前に一人の女子生徒が歩いている。陰キャそのものっていうような、俯いた暗い背中。同じクラスの秋宮 一翔(あきみや いちと)だ。俺と同じ『(しょう)』って漢字を使う名前だから、俺はクラス分けの発表を見た時からなんとなく一翔の存在を意識し始めてた。だけど今はそれ以上の視線で一翔を見ている。  その一翔に誰かの手がぶつかった。たまたまみたいにしてるけど、狙ってやったのは明白だった。  一翔がバランスを崩して転ぶ。避けきれないって見せかけて、一翔のカバンが靴で踏まれた。 「ごめんね、一翔。わざとじゃないんだよ」 「あはは。あれくらいで転ぶなんて思わなくってー!」 「怪我、してるでしょ? 今日はもう帰ったら?」 「そーそー。そっちの方が、いいわー」  俺のクラスの一軍女子どもが、転ばせた一翔に声をかけて追い越していく。いつもの光景だ。  一翔は泣きもせず返事もせず、立ち上がるとスカートとカバンに付いた土を払い、何事もなかったように歩き出す。  イジメ。  クラスの連中も教師もみんな認識してる。もちろん俺も。  一翔は……結局どうするんだろう? 卒業するまで耐えるんかな? それとも、何か逆転の手を……いや、あんな大人しい奴が抵抗できるなんて考えられない。俺も学校に通っている以上、軽いイジメみたいなのを知らないわけじゃない。でも、あんなあからさまにイジメられているのを見たのは一翔が初めてだった。  そう、これは創作のいいネタになる。一翔がどうするか俺は確信的な興味を待っている。 追い詰められた時、人がどうするか。同じ漢字を持っていること以上の関心・興味が湧いて、クラスにイジメがあるって気づいてから今まで、俺はずっと一翔を観察していた。  昼休み、俺はスマホの画面と睨めっこだ。  一応俺は書籍化された小説を書いているけど、大学に進学する予定だ。学生と作者、二足の草鞋はキツいけど、勉強と執筆、どちらも俺にとっては重要だ。  だから、授業の隙間は話の続きを考える時間にしていた。勉強と執筆を行き来することで、逆にどちらもいい感じで進められてる。  けど今日は、執筆のアイディアは何も出てこなかった。集中が少し途切れ俺はなんとなくスマホから目を上げた。  一翔の背中は俺の斜め前にあった。まだ残暑を含んだ初秋の日差しが差し込む教室で、そこだけがやけに暗い。  休み時間がどれだけあっても、誰も一翔に話しかけないし、一翔も誰にも話しかけない。  ピロン。  と、俺のスマホが鳴った。クラスのSNSが着信したようだ。 <一翔ってさーありえないぐらい暗いよね> <そーそー。なんて言うか黒い、染?> <ほんと、クラスにユーレーがいるみたいだぜ> <早くいなくなってくれればいいのに>  まじでうざいな。思考の邪魔でしかない。  このSNSは当然一翔も受け取っているはずだった。でも、ここから見る限り一翔がスマホを取り出す素振りはない。  それが、きっとイジメを酷くしてる。
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