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描ける.2
「この話、なんなんだろうな……」
俺は、この魔女を勇者に助けさせてもいいんだろうか? いや、展開を考えるなら助けさせないとストーリーが進んでいかない。話としては。
でも、この魔女のモデルになった一翔は誰からの助けも得られない。虐げられたものが助けられる話を書いている俺からすらも、見捨てられている。
俺は、一翔を見捨てている。
それが事実だった。
もちろん、助けないって選択をしているのは俺だ。一翔を助けない選択が、俺の俺らしいあり方だった。もし、一翔を助けたらその瞬間、俺は第三者・観察者じゃなくなる。
ずっと、俺は観察者であるのを自分に課していた。どこでも空気、見ているだけで意見を表明しない存在。そう振る舞うのが、俺が書く者である証だった。
現象に関与してしまえば、俺は観察者から逸脱してしまう。
でも、観察者から逸脱してもいいと思った。
そう、今までの立場を捨てると自分に命じる。
今までの安全な立場を捨てて、現実に一翔を助ける。
観察者を、辞める。
でも、その思考を自覚したところで、現実の行動に移す勇気は俺にはなかった。
自分がイジメの対象になっても、誰かを助ける。そんな勇気は俺にはなかった。
自分の描いている小説のヒーローのようには。
「弱いな。俺」
『カケルさんの新作が出たら絶対読むよ!』
この話、書いて発表して一翔に読ませられるのか? 一翔が読むのに耐えられる話なのか?
もし、一翔がこの話を俺が書いたと知った時にも、俺は一翔に堂々とこの話が面白かったかと聞けるか?
そう自問自答しても、俺の衝動はもう走り始めていた。
この話の主人公たちは俺の中でもう息づいている。
早く、俺たちの人生を書け。俺たちの生き様を書け。早く形にしろ! アイディア、キャラクタ、設定した世界の全てが、俺の中でそう叫んでいる。
書きたい。ストーリーを、情景を、形にしたい。この世に出したい。
一翔にどう思われるかは関係ない。実際どう思われてもそんなのどうでもいい。ただ書きたい。俺には書けるし、書いていこうと思ってるし、人生の全てを物語を書く事に費やしたい。
もう決めていた。目標に向かって歩く決意を固めてた。
妄想を垂れ流すんじゃなく、読んだ人に何かを見せられる。そんな話を書ける人間になりたかった。
でも、それは……。
『カケルさんの小説を読んで、私も変わらなきゃと思って……失敗しちゃった』
俺に、書いた責任が生まれるって事実だった。
俺は、書いた責任を持たなきゃいけなかった。
俺が、書くもの、書いたものの全てが俺に俺自身を問いかけてくる。
その時やっと気づいた。
パソコン画面の向こうに広がっているのは、なんでも描ける真っ白なキャンバスじゃなくて、深い深い淵だった事に。
書いた全てはその深淵に飲み込まれ、深い深い暗闇から俺を見返している。
その視線に耐えられる覚悟が、その覚悟が、今までの俺にはなかったんだな。
そりゃ、一翔を助けなくても、一翔にどう思われても、それでも、俺は書くさ。書く事から逃れられないって覚悟決めてる。
でも、書く責任ぐらいは取らなくちゃな。観察者である責任ぐらいは。
なんでも描ける自分になるために。
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