翔ける.2

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翔ける.2

「母さん。お茶は?」 「翔! 何か悲鳴がしてたわよ!? あんた、女の子を!?」 「何もしてねぇよ。ていうか、聞き耳立てるなよ? 秋宮との話は絶対に極秘事項なんだからな。俺の命をかけて警察のお世話になるなんてこと絶対にしねえから。もし、間違い起こしたら、母さんに殺されても文句言わない」 「本当に誓える?」  母親は何か感じるものがあったんだろう。真剣な目で、俺を見つめてきた。 「信頼を裏切らない、確信がある。だから母さんも俺たちの話を絶対に聞かないでくれ」  母親はちょっと考えて、頷いた。 「そう、あなたを信じるわ。でも、嘘だったら本気で殺すからね」 「肝に銘じとくよ」  俺はそう言うと、用意してあった紅茶とクッキーが載った盆を受け取り二階へと戻った。 「お待たせ、秋宮」  部屋の扉を開ける。机の前で腰が抜けていたらしい一翔がギギっとこっちを振り返る。 「ふ、冬麻君!? これ!?」 「アレ〜。ソレ数学ノぷりんとジャネ〜ナ〜。アレ? モシカシテ既刊本ノ校正げら発見サレチャッタ〜?」 「! これカケルさんの原稿だよね!?」 「ア〜! シマッタ! 俺の秘密ガッ! 絶対誰にも内緒ダッタノニ〜! ヨリニヨッテ秋宮に見ツカルナンテ〜!!」 「なんでカケルさんの原稿がここに!?」 「なんでって? 秋宮が今思ってる理由以外あるか?」 「えええっ!? じゃ、じゃあ、冬麻君がカケルさんなの?」 「まあな。そうだよ、俺が……あんたの読んでる本書いた、カケル」  一翔が目まぐるしく表情を変えた。笑い出したいような、泣きたいような、叫び出したいような、様々な感情がその顔に表れては消えていく。 「じゃあ。ここってカケルさんの執筆場所!? つまり聖地!? 嘘! 嘘!?」 「聖地かよ? でもさ、秋宮。俺がカケルだって絶対に誰にも話すなよ。絶対にだぞ」 「はい。もちろん黙っとく!」 「その代わり、俺も秋宮が春日を好きだってのは黙っとく。さっきの告白全部聞かなかったことにする。絶対に約束する」  ふざけていた笑みを消して言う。その時初めて、一翔の顔に腑に落ちたって表情が浮かんだ。 「本当に約束してくれる?」 「証拠がいるか? 待ってろよ」  俺はクローゼットを漁って、段ボールの中に放り込んでいた初版本を取り出す。編集者からもらったまま置いといたのが役に立つとは。 「証明書としてサインして渡すわ」 「それじゃ、私ばっかりいい思いしてるみたいじゃない……冬麻君?」  不思議そうに問われて、俺はニシシと笑って見せる。 「サインとか、考えてなかった」  ふっと一翔が笑う。やっと安心したように笑った。  一翔はずっと深淵を覗いていたのだろう。それは俺とは全く違う深淵で、それが実際どんなものなのかは俺は完全には理解しきれない。  でも、俺たちは二人ともに自分自身という深淵を覗き込んでいる。  だから、一翔の力になりたかった。泣いている一翔を受け止めた時、そう決めた。
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