翔ける.3

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翔ける.3

「秋宮。そのさ、お……俺の書いた小説……が、春日との何かのきっかけだったのか?」  さっき、泣いていた一翔が吐き出した言葉が引っかかっていた。 「冬麻君。私……春日さんについては必要以上には喋らないよ。いい加減な推論や、私からの視点だけで、彼女の想いを勝手に述べたりできない。冬麻君ならわかってくれるよね?」  俺は、頷いた。言われた事は一翔の信念でそれは俺にも理解できる。  ……しかし、一翔は本当に春日を好きなんだな。イジメられてもなお、か。それは愛情というよりはむしろ妄執・執着なのかも。そして一翔も自分の感情の異様さは認識しているんだろう。 「でも、冬麻君にあんなにいっぱい言いたいこと言っちゃったし、説明はいるよね。きっと」  一翔は呟くと、紅茶のカップに視線を落とした。 「最初はたまたまなの。一年の冬に、たまたま本屋さんでカケル……さんの本、春日さんと同時に手に取ろうとして、それで春日さんもカケル……さんの本好きだって知ったの」 「カケルさんのシリーズ第一巻目だったから、カケルさんを知ってる人がこんな近くにいるなんてすごくびっくりして、春日さんもビックリしてたみたい。  でも、同じ作者さんが好きなんだねって意気投合して、それから春日さんと仲良くなったの」 「春日さんも、ネット投稿も追っかけてたから、二人でカケルさんの小説について色々話して、春日さんのグループにも入れてもらった」 「それで、春日を好きになった?」 「ううん。春日さんを好きになったのは、高校入ってすぐだよ……。私、かなりの面食いで、可愛い子がいるとすぐに好きになっちゃうの。バカみたいだよね。顔だけで人を好きになるって」  それは、女の子が好きって言う意味なのか? そう思ったけどそれは聞けなかった。  聞くべきではないとブレーキをかけた。  頭のどこかで、一翔に取材したいって願望がなかったわけじゃない。これまでと同じように一翔を観察対象にして、取材対象にして、全て剥ぎ取って、小説に昇華させたい。そんな欲望が消えたわけじゃない。でも、それは今言うべきじゃない。 「そっか? 男なんて大体の奴は『あのクラスのあの子可愛い』とかそんな話ばっかだぜ。性格いいから好きだわ。って会話聞いた試しないけどな。  大体小説の中だって、恋愛するの美男美女だろ? 普遍的な欲望なんじゃないか? 面食い」 「冬麻君は私が……うんん。なんでもない」 「秋宮を傷つけそうな質問ならいっぱい持ってるぜ」 「私も、自虐にしかならないこといっぱい言いそう」  一翔は紅茶をゆっくりと飲んだ。 「私が女の子を好きなのは昔からだよ。小学校の時も中学校でも好きになるのは女の子だった」 「そっか」  俺はなんと答えればいいのだろう?  人を好きになった気持ちがどういうものなのか、現実として人を好きになった経験のない俺は、その気持ちを小説を書く中での想像しかしてきていない。  普通の恋愛も、少数派としての恋愛も、想像するしかない。  一翔のように、相手にとことん嫌われても好きな気持ちが消せないって、どういう心境なんだろうな。 「そういうの嫌だとは……、思わない? 拒絶されても春日さんをまだ好きなのは、バカみたいだって」 「俺は、人を好きになった経験ないから、秋宮の気持ちが理解できない。だから判断できない」  俺がそう言うと、一翔はガバッと顔を上げた。 「ええ! だってあんなにリアルな恋愛感情書いてるのに!? 私恋愛のシーンで何度も泣いたんだよ!?」 「悪い。それ百パーセント妄想。でもさ、秋宮。カケル、話の中に同性愛者も出したけど……読んでて違和感なかった?」 「え? うん。あのメイン百合カプのアディナちゃんとか可愛いと思ったよ……ただ、私の言って欲しい言葉を言ってるから好きなだけかもしれない。って……信じられなくなってるけど」 「カケルの書く話。春日を引き止められなかったら、もう意味がない?」  そう言いながら、冷たい空気を吸い込んだ気がした。部屋の中の温度は快適だったけど、どこからともなくやってきたやけに冷たい空気が、肺の隅々まで行き渡る。  一翔はまた視線を落とした。部屋の中に暫し沈黙が降りた。  俺は身構える。  一翔に俺の書く話が当初のようには熱中できない、もう意味ないって言われても、その衝撃を受け止められるように。 「あんなの、作者さんに言うべきじゃなかったね。小説を利用してるって」  そう言って、一翔は顔をあげた。 「春日さんのことがなくなっても、私カケルさんの小説読むと思う。うん、絶対読むよ」
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