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翔ける.4
一翔にとって俺の書いた話が春日との繋がりを確認するだけのモノではなく、まだ小説として価値があるって言われたのが、俺ははっきりと嬉しかった。
それが顔に出ていたらしい。一翔はへへッと笑った。
「でもよ。秋宮は俺の小説、キャラがかっこいいから好きだって言ってたけど、他にはココが良い! って言うところがあるか?」
「え!? 作者さんに直に感想言うの!? なんて僥倖……あ、僥倖って言葉カケルさんの小説で覚えたんだ。だからほら、単語一つ一つに拘っているとことかも好き」
「そうか……でも、ちょっと厨二病にかかってるように捉えられるかなって……言葉使いにはあんまり自信なかった」
「そうなの? でもキャラや文体にぴったりの言葉使ってるって……春日さんも言ってたんだよ。……そうだ。春日さんはすごいんだよ。私……最初はただ面白いなってだけで読んたけど、春日さんはかなり熱心に読み込んでて、考察とかすっごく細かくしてて、単行本が書き込みでびっしりだった」
「へぇ」
「だから私も、この文こういう意味かな? それともああいう意味かな? って、考えながら読むようになって……。カケルさんの小説には思いもかけないところに伏線が張り巡らされてるなって、わかるようになったの。
そうだよ! 伏線!
全然普通の文に伏線が入ってるとことか、新刊出たら伏線を探して既刊本読み返すのも楽しみの一つだよ」
そう言われて、純粋に嬉しかった。
今までは少ない手応えの中にぼんやり浮かんでいたものを、目の前で掴み取らせてくれる人間がいる。そういう読者をどんなに自分が求めていたか、一翔がはっきりと示してくれた。
「でも。そういうの全部、春日さんが私に教えてくれたの」
春日の話はいいよ、一翔。
「だからさ、冬麻君も春日さんと話してみるといいよ。冬麻君がカケルさんだって言わなくても、春日さんはカケルさんの小説読んでる人、きっと求めてるんだと思うの。
ぼんやりした私より、春日さんの感想の方が的確だと思うし!」
「……春日のことは言わないんじゃなかったか?」
「……うん。でも、カケルさんには春日さんが小説の熱心なファンだって知っておいて欲しい」
「今俺は、あんたの感想が聞きたいんだ、秋宮」
「私より、春日さんの方が役に立つよ……きっと」
「そうかな」
「そうだよ」
一翔はなぜ、そこまで俺に春日を売り込もうとするんだろう?あれだけイジメられても、好きという感情が消せないから? でも、俺は体育館裏で見た春日の憎しみに満ちた顔を思い出していた。あの顔を見せられては、春日に近づこうって気にはなれない。
どんなに俺のファンだって言われても、本能が春日から逃げろって言っていた。
だけど、一翔には言えないな。
あの顔を一翔に伝える事はできない。だから、俺は話題を変える事にした。
本当は、ここが理解できないとか、意味不明な展開になっているとか、作者として指摘して欲しいところもあった。
でも、今はそんな話題ふさわしくないような気がして……だから俺は、学園祭についての話に話題を変えた。
一翔も嫌がりもせずに俺に付き合ってくれた。
俺たちは普通の友人のように……いや多分、普通の友人たちがしているように、たわいもない話をし、一翔の顔から泣いていた後が完全に消えるのを確認してから、母の車で秋宮家まで送っていってもらった。
ま、俺も一緒に行ったんだけどな。
今日の全部を全部黙って、一翔は俺に数学を教えてくれていた事にして、秋宮父母には丁重にお礼を言っておいた。
秋宮父母は俺との関係を誤解したようだったけど、それもまあ、予想の範疇だ。
「一翔ちゃんだっけ。あの子にあなたの小説渡したんでしょ」
帰りの車内で母親が嬉しそうに言った。印税の処理関係で両親には俺が本を出してるの話してる。でも、それ以外で秘密を共有しているのは一翔が初めてだって、ほっといてくれないか?
「ファンだって言ってもらえたから」
一翔に友人になって欲しい、そう思っている。
一翔が俺の近くにいれば、きっと俺は名前の通り空を翔ける事もできるだろう。
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