かける.6

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かける.6

 全校を巻き込んだ噂。そして相手を死に追いやるところまで願っているようなイジメ。そんなものを内包していても、校舎はいつもと変わらず平然とある。  俺は、空気の顔で学校に続く坂道を上がっていた。  一翔の噂が流れ初めて、一週間。噂は噂の本人がいない事で、リアリティが薄れているようだ。ただの消費されるゴシップ? そんな感じになっていた。  春日も一翔がいなくなって、気が削がれたのかもしれないな。  俺も、陰ではこそこそ言われているようだけど。 「おはよ! 冬麻!」 「卜部? おは」 「あんた、結局振られたんでしょ? 秋宮さんに」 「振られてねーよ」 「だって、秋宮さん転校するんでしょ? 遠恋?」 「ま。そうかもな」  卜部と軽い会話を交わす。一翔が転校するのは、事実としてそれなりに情報が行き渡っていた。 「あー……春日さんこっち睨んでる」  卜部がちょっと後ろを振り返り、小さな声で囁いてくる。 「ほっとけよ。下手にちょっかいかける必要ない」 「そっか。じゃ、私日直だから先行くね!」 「ああ、またな」  その日は早退した。なぜならば……。 「冬麻君、本当に見送りに来てくれたんだ!」 「ああ。秋宮に会えるのこれが最後かもしれないからな」  秋宮の家の前、父と娘・家族二人分の引越し荷物を積み込んだトラックが出発する。 「そんなこと言って! 住所も電話番号もメルアドも知ってるし、トークアプリのお友達登録もしてるのに?」 「なんかお前はふらっといなくなるようで怖いんだよ。絶対連絡よこせよ、秋宮。俺たち付き合ってるんだからな」  半分は、秋宮の両親に見せるための芝居だったけど、半分は本気だった。  一翔はいつか足元の深淵に捕まるんじゃないかって不安は、今も常にあった。  そして俺はこうするしか、自分自身っていう深淵に向き合う一翔と共には在れない。  決意を込めて、一翔を引き寄せた。  一翔がちょっとびっくりしたような顔をする。 「秋宮。新作の刊行が決まった。ネットに投稿もするけど、今度は最初から本が発行される」  俺は、その耳元に囁いた。  俺も自分自身という深淵をずっと覗き込み続ける。覗き込んで書き続ける。  その決心をしていた。  一翔の顔がパッと明るくなる。 「一翔、そろそろ出発だよ!」 「あ、うん。お父さん。……じゃ……、……翔君。絶対面白い話書いてよ。期待してる」 「ああ。そっちは連絡忘れないようにだな、一翔」 「一翔ー!」  父親に言われて一翔は車に乗り込んだ。  助手席のドアが閉まり、窓が開く……そして……。
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