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欠ける.4
言いかけた一翔の顔がこわばった。ふと見ると春日が手下を引き連れて教室に入ってきたところだった。春日の視線が俺たちに固定されている。確実に睨まれている。
教室の女王様はクラス中に出しているだろう自分の命令を無視して、一翔に近づいた俺にどう対応する? 俺も、被害者リストに載せる気か? それとも……他の手を取るか。
俺は、春日の視線を真っ直ぐ見返した。悪気も企みも何もないってわかるように。
ま、もっともこれまでクラスの空気だった俺を女王様が認識してたかどうかは怪しいな。春日はここで初めて俺の存在を知った程度かも?
それなら、まだ何もしてこないだろう。
空気イジメても面白くなるわけないって考える。いや、それは楽観すぎるか。
恐れ多くも女王様に声をかけよう。そう思ったのにはわけがあった。イジメる側の感情も知りたかったからだ。両方を知ればもっと面白い話が作れるはずだった。
一翔に対する裏切り? どうせ、俺は一翔の友達じゃない。たまたま同じ役目を引き受けただけ、ちょっと興味があっただけ。その言い訳は効くはずだ。
だが、俺が春日に近づこうとした瞬間。春日は身を翻すとさっさと自分の席に戻っていった。俺に話しかけられたくないっていうように。
拒絶されるとは思っていなかった。
一度は俺の話を聞こうとすると思っていたのに。なぜだ?
一翔が俺の制服の裾を引っ張った。
「ふ、冬麻君……その、何か私に用事があったんじゃないの?」
「ああ。ほら、学園祭の担当の話、どっかでしないかって」
その理由は半分付け足しみたいだなって、言いながら自分でも思っていた。でも、一翔はふっと笑って……突然声を大きくした。
「そっか! 学園祭の担当の話か! そうだね、今日の放課後残って話す?」
クラス中に響く一翔の声。一翔がそんな大声出したのは初めてだった。
驚いたってもんじゃない。教室の騒めきが鎮まる。みんなが一翔に注目する。
「お、おい。秋宮?」
「私、放課後空いてるから、大丈夫だよ!」
注目を浴びて、一翔は泣いてるようだった。もちろん涙なんか流れていない。でも、確かに泣いていた。何か意図があって、一翔はわざと人に聞かせるように話している。
いや、春日にか? 教室の女王様に聞かせるように? なんのためにだ?
それは、俺のためになのか? 俺をイジメに巻き込まないように? それとも……他の何か考えがあって? でも、一翔は確実に誰かに気を使ったのだ。
それが理解できたから、その瞬間俺の中で何かが欠けた気がした。確実に心の何かが欠ける。
小さな何かが、欠ける。
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