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 しかし、その日を境に、僕の目や耳は自然と雪野さんを追いかけるようになってしまい、結果的に〝彼女の変化〟について知ることとなった。  雪野さんが以前と変わったというポイントは、大きく分けて次の3つだ。  1、笑わなくなった。  当番外で雪野さんが図書室に居合わせなかった日。彼女の友人らしき上級生たちの話す声が、斜向かいの僕にも聞こえてきた。  たまたま聞こえてしまっただけなので、盗み聞きだとかいう善からぬ行為をはたらいた訳ではない。著しく存在感がないので、黙っているだけで空気と同化してしまうだけだ。  そんな空気に聞こえてきたのは〝夏休みが明けてしばらくした頃から、雪野さんがやけに無愛想になった〟という複数の証言と、女子グループ特有の賛同と共感の合唱だった。  元からそうなのでは?と僕なんかは思ったのだが、言われてみれば本の借り方などをカウンターで優しく微笑みながら教えている姿を、遠巻きに何度か見たことがある気がした。窓辺の席で毎回ボケーッとしているだけの僕は、愛想を披露する対象外だったのだろうと納得もしたが、上級生の中には彼女の無表情や素っ気ない態度を良く思わない人や怖がる人もいるそうで、クラス内での彼女の立ち位置は今や腫れ物に近いらしい。人付き合いというのは、やはり難儀なものである。  2、付き合いが悪くなった。  これも図書室で小耳に挟んだ話だが、以前の雪野さんはそこそこフッ軽な、行動力に長けたノリの良い人であったらしい。  放課後や週末にバイトをしつつも、空いている日には友人たちと出かけたりしていたそうだが、最近は誘っても断ってばかりで、楽しみにしていたお泊まり会なる謎のイベントも直前でドタキャンされたのだと、友人らしき人物は大変に落ち込んでいた。  所属する手芸部にもほとんど来なくなったと話していたので、ブックカバーは自力で染めたのかもしれない。雪野さんは器用な人のようだ。  3、成績が落ちた。  日直で集めたプリントを届けに行った時、ちょうど雪野さんが職員室を出ていくところだった。  呼び出した本人と思わしき恰幅の良い中年教師が、隣のデスクの教師に〝このままだと志望校が…〟とか〝推薦が…〟と白髪混じりの頭を抱えて零していたのを聞く限り、以前の雪野さんはかなり成績優秀だったようだ。  必死こいて塾に通っても学年の上半分に滑り込めるかギリギリの僕からすると、委員会に部活にバイトまでこなし、そのうえ友人とも遊びつつ優秀な成績を修めていた雪野さんは、もはや超人の域に達している。成績だって、最近になって落ちたといっても、きっと僕よりはずっと良いのだろうと思うと、ずるずるとどこまでも卑屈になりそうだったので、途中で考えるのをやめた。精神衛生上よろしくないとわかっていることを続けるだけの猪突猛進さは僕にはないし、自衛は必要だ。  笑顔が減り、ドタキャンが増え、成績が落ちた。  秋になって急に変わったという雪野さんに、いったい何があったのだろう。  まさか紅葉みたいに気温で変化した訳じゃあるまいし。それか秋花粉で出不精になってるとか?と、僕はブタクサに涙ぐむ赤い目を捲ったシャツの袖でこすりながら、例のごとく図書室の隅っこで興味もない図鑑をテーブルに開いて建前だけ繕い、やる気なさげに頬杖をついて、ようやく少し見慣れてきた白いシャツの肩越しに、背後の窓の外をボーッと眺めていた。  3階にある図書室からは、グラウンドがよく見渡せる。野太いかけ声と共に走り込みをする柔道部に、ノックにバッティングと忙しない野球部。フェンスを挟んだ向こうでは、蛍光色のビブスをつけたサッカー部が紅白戦をやっていた。ビブスは黄色とピンクだけど。 「………。」  ボールを追う影を数秒見たところで、外周をランニングするジャージの一団へと視線を逸らす。何部か知らないが、男女混合なのでバレー部かバドミントン部ってところだろう。どうでもいいけど。  実のところ、僕はサッカーがあまり好きではない。寧ろ、嫌いか苦手な部類だ。ゴールに向かって球を蹴ること以外、ルールをよく知らないのもあるが、最大の要因は、中学の頃こぞって僕をいじめていたのが、みな地域のクラブチームに通うサッカー少年だったからに他ならない。  その点、高校生活はとても気楽だ。顔を合わせただけで殴られたり蹴られたりすることもなければ、物を捨てられたり服を脱がされたり破られたりすることもない。友人はいないけど、こじれて敵に回すリスクを考えれば全然苦ではない。出欠確認の点呼以外で言葉を発しない学校生活の、なんと省エネでコスパの良いことか。声を枯らす度に飲まされた、祖母お手製のマズい生姜湯だって、もう飲まなくていいのだ。  もしかしたら、フッ軽としてやってきた雪野さんも、そういった自由さに気付いただけなんじゃないだろうかと、心のどこかで考えていた。孤独と自由は紙一重で、その薄っぺらな紙の上に、今まさに、彼女は身を置いているのかもしれないと。しかし、それは単純に僕の願望なようにも思えた。  大して利用者のいない図書室で、ドアの横のカウンターと、窓辺の端っこの席にそれぞれポツリと座る雪野さんと僕は、どこか似ているんじゃないかと勝手に感じていたのだ。  けれど、周りの会話で知った実際の彼女は、友人に囲まれて明るく笑い、教師たちの期待も背負う優等生でーーーつまり、僕とは似ても似つかない、雲の上を闊歩するような人だった訳で。だからこそ僕は、彼女の変化が、単にちょっと疲れただとか面倒になっただとか、そんな気まぐれな理由だったらいいのになぁなんて、なんとなく願っていた。
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