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それに、今は時間潰し以外にも目的がある。雪野さんだ。やっぱり僕はどういう訳か、彼女のことが気にかかるのである。
はじめはブックカバーの色が変わっただけだった。けど、不可抗力とはいえ、豹変といっても過言ではなさそうな彼女の変化を知ってしまった。通学バスの窓から稀に姿を見かけた時は、しっかりと目で追いかけ、今日は歩いてないかなんて探すようにまでなってしまった。
雪野さんの図書委員の当番は、月曜と木曜の放課後で、僕の塾の日程は月木金だから、遭遇する頻度自体は変わらないけれど、いつかのように、また彼女の友人や同級生や、はたまた担任なんかが図書室を訪れて何か喋っていくかもしれない。ここまでくると、もう盗み聞きと罵られて然るべきだが、どうにも気になるのだから仕方ない。
なんでこんなに彼女のことが気になるのか、どうして変化の経緯を知りたいなんて思うのか、雪野さんの変わりぶりと同じくらい謎ではあるが、相談する相手なんかいるはずもなければ、万が一いたとして〝それは恋だね〟などと短絡的な断定をされる可能性しか感じないので、その点は都合よく棚上げしておくことにする。恋とか好意とか、そんなものはマンガやアニメの中にしか存在しないフィクションの産物で、僕に縁があるものとも思えないし。もし万が一、天文学的確率でそうだったとしても、希望なんかこれっぽちもないことは、最初からわかりきっている。僕に好意を抱いてくれる人間なんて、この世のどこにも居やしない。夢は見るものじゃなく、淡く抱いてしまう前に捨てるものなのだ。
肌寒い図書室の窓際で、ひとりだけ学ランを背凭れに引っかけている僕は、この閉鎖的な空間でさえ、うっすらと浮いている気がした。隣のテーブルで宿題に向かう女子生徒たちはカーディガンを羽織っているし、棚の前で本を物色する男子も学ランを襟まできっちり閉めている。
ずっと頬杖をついていたせいで、すっかりその形に固まってしまった左腕を伸ばしながら、ストレッチついでに首を左右に傾ける。暇に任せてあれこれ考えているうちに、図書室の人口密度はぐっと低くなっていた。文化部の多くがなぜか活動日に定めている木曜は、元から図書室の利用者自体が少なく、一週間のうちで最も静かに過ごせる日だった。半年間、必ず同じ曜日に通ってきた奴が言うのだから間違いない。
利用者が少ないということは、本が貸し借りされる機会も少ないということで、受付カウンターの雪野さんは同じく当番を受け持つ月曜日以上に、熱心に本に読み耽っている。心置きなく本を読めるから木曜日の当番に志願したのではないかと邪推するくらいだ。
小春日和のあの日から、雪野さんは黒のハイネックと上半分だけ結んだハーフアップなる髪型が定番になっている。図書室で会う他は、正面玄関や校門の辺りで見かける程度だが、少なくとも僕が目にした限りはいつも同じ格好だ。
制服校なのだから毎日制服を着て登校するのは当たり前だし、無論、それ自体が目立つ行動という訳ではない。ただ、防寒着として学校が推奨している〝黒か紺のカーディガンまたはセーター〟ではなく、わざわざ制服の中にハイネックを着込んでいるのが、ちょっと暑くなった時にすぐに脱げなくて不便そうだなぁと思うだけだ。母や祖母もそうであるように、女性というのは寒がりな傾向にあるらしいので、重度の暑がりで真冬でもダウンや厚手のコートに縁のない僕には、到底わからないことなのだろう。
ちなみに髪型の名称については、しっかりとスマホで検索したので正式名称と思われる。知ったところで口に出す機会も、文字に起こす場面もないだろうけれど。
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