46.父に対する子の思い

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46.父に対する子の思い

「父様? 和和様は?」  拓馬は和和と実一が帰ってきてから、数十分二人とは別の部屋にいた。父とその主と顔を合わせるのが怖かったのだ。  自分の『父』は二人に殺されている。その一文がぐるぐると頭の中を回っていた。それが本当に事実なのか、ただの自分の悪い想像にしかすぎないのか。拓馬にはわからなかった。  そして、それを確かめるのは本当に怖かった。  『父』はどこかで生きていて、自分とは違う家族を持って、幸せならそれはそれでなんとか納得できた。だがもし、自分の直感が真実ならどうしたらいいのだろう?  『父』を返せと父に言うのか? 何をもって? 数寿様にも『父』を返せと言うのか? 返せないし、もしかしたら自分のそんな思いは……、最後は言葉にならない想像にぞくりとした。  でも、父たちを避けてずっと引き籠っているわけにはいかない。  最低、自分の『父』がどうなったか父に尋ねよう。はぐらかされても、嘘をつかれても、その答えだけは聞こう。それで、終わりにしよう。納得できなくても、偽りだと思っても、その一言が間違いなく父の『父』に対する扱いそのものを示してるのは確かだから。  父が自分の『父』の存在にどういう意味を持たせていたか、それだけは確かめたい。  そう思って、拓馬は籠っていた部屋を出て、父の元へと向かった。  前夜のことがあったから、一言断りを入れ戸を開ける。和和もいるかと思っていたのだが、そこにいたのは実一一人だった。 「和和様なら、ご報告を上げに船に行かれたが。それよりも、拓馬。弧芽に和樹丸様がいらっしゃっている。これから鷹花を訪ねるそうだから、お前も支度しなさい」 「は……えっと……和和様は?」 「あの方は船で仕事をされるそうだよ」  父の言葉はつまりそういうことで、納得して振る舞えという意味だった。それに、納得できるかどうかより、今がいい機会だと拓馬は思った。  だが、父に疑問をぶつけようと口を開こうとするたび、何かが喉につかえて、最初の一言が出てこない。父の顔を真っ直ぐ見ることもできなくて、拓馬は下を向いた。 「どうかしたのか? 拓馬」  実一は息子の様子が明らかにおかしいと気づいていた。自分たちが駆屋から帰ってきても迎えにも出てこず、それこそ自分たちが出かけてからずっと、別室に籠っていたのも知っている。  和和様の存在を納得できていないのだろう。  実一はそんな風に思っていた。いきなり尊敬する主君が本当は女だ、と現実を知るには拓馬はまだ幼すぎたかもしれない。突然すぎる突然では、色々と納得できないこともあるだろうし。 「拓馬。和和様のことだ、」  一応は言い含めておこう。そう思って言った実一の言葉は拓馬の声に遮られた。 「父様っ! 父様は浮気したんですか!?」  ……? 「は……?」  とりあえず、実一はその言葉だけなんとか絞り出した。 「だってそうでしょ!? 父様は数寿様に寵愛を受けていながら、俺の『父』と浮気したんですよね!? 俺が今ここにいるのはだからなんですよね!?」  しまった。そう言いながら拓馬は後悔していた。そんな言葉を使うつもりはなかったのに、なんだかこれじゃあ、本当に子供の言い様に取られるだけじゃないか! 言い方を変えよう。 「拓馬……?」  気が抜けているような実一を目にして、拓馬は呼吸を整えた。  そして、再び口を開く。 「父様。俺の『父』は今どこにいるんです? それだけ答えてください。答えてくださったら、もう二度と『父』について聞きません。約束します。だから、この質問にだけ答えてください」  息子の真剣な瞳。その眼差しに、実一はなんとか自分を取り戻した。いきなり浮気とか主人からの寵愛がどうとか、できれば実の息子からはあまり聞きたくない言葉の羅列に意識を飛ばしかけたが、そんな状況でも息子の言いたい意味はなんとか理解した。 「……ちょっと待て、拓馬」  拓馬はいつから、自分が和樹丸の愛人だと知っていたのだろう?  いやいや、今はそんなこと考えている場合ではない。実一は最強の軍師の名に相応しくなく、大慌てに慌てている自分を宥めた。  自分と和樹丸との関係が主と側近の立場を超えているのは周知の事実だ。息子が知っていてもおかしくない。だが、なんの気構えもできず、息子に自分の恋愛事情について尋ねられるのはかなりの衝撃だった。それも、浮気とか……違うな。そこまで考えて、実一は正常に戻った。  『父』のことか……。  拓馬はじっと実一を見つめている。真剣でどこか暗い瞳で。  きっと息子はある程度、自分の中で思考と感情に整理をつけてこの場にいるのだろう。実一にはそれがわかった。  どこまで話すか、それとも話さないか。  拓馬の顔を眺める。その顔が自分だけに似てくれるのを実一は期待していた。あの男に似てくれるなと。それは、自分の取った行動を後悔しているからではなく、ただ単に、一人の人間としての欲望からだった。  でも、息子は自分とあの男の特徴を半分ずつ持っている。  消せない印として。  実一は男の顔を思い出していた。適当に選んだ男だった。積極的に詳しい為人(ひととなり)を知ろうともしなかったし、消したところで後腐れもない、それだけで選んだ男だ。  ……見るべきところのある男だと思ったから、子供の親に選んだのは事実。それでも、その男に感情が動いた試しはなかった。和樹丸様とその男の価値は自分の中で全く違う。  それでも、拓馬にとっては見ず知らずのあの男が『父』なのか? 自分ではなく? 「お前の父はこの私だ。冗談を言うな」  少しの苛立ちを混ぜて実一がそう言うと、拓馬はしばらくの間下を向いていた。 「それが父様の答えですか?」  ゆっくりと顔を上げ、自分の中の答えを明確にするために再び拓馬は尋ねた。 「他になんの言いようがある?」 「殺したんですね」 「誰をだ?」 「私の父を」  実一はこんな時に、拓馬が『私』と言ってきたのに驚いていた。それは、親子の間に明らかに線を引く言葉だったから。 「お前の父は私しかいない。そう言っただろう」 「それは、父様が父様であるためですか?」 「どういう意味だ? 拓馬」
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