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42.女であり男でもある三人の
「ようこそいらっしゃいました、鏑屋さん。……そちらのお方は?」
座敷に客を通した二番番頭から、鏑屋は中年の婦人を伴っていると聞いてはいたが、鐘虎は上座にのほほんと座るその女性に強烈な違和感を覚えた。
「こちらは、大湖首様の側用人を務められる東雲氏尚書司・和和様です。大湖首様の名代として鷹花殿の腕を確かめられたいと申されたので、こちらにお連れした次第」
「大湖首様の代理は、鏑屋さんではなかったのですか?」
鐘虎の疑問に和和はニヤリと笑った。
「なに、色々な目から見ておけと、それだけに過ぎぬよ」
その顔をどこかで見た気がする。でも、どこでだったかが思い出せない。鐘虎は必死に思い出そうとしながら挨拶を終えると座敷に入り、下座に置かれた円座に座った。
奉公人が、鷹花の打った懐剣を実一と和和の前に並べる。研ぎまでが終わった五本の短刀は、見事な刃文を見せていた。
「ほう。なるほどのう……」
和和がその刀を取り上げる。その刃の扱い方は女性のものではなかった。
鐘虎の目に映る和和は侍が刀を確かめるのと同じ手つきで、短刀を扱っていた。なぜ、この女性は侍そのものの所作で刀を扱っているのだろうか?
まさか、女物の小袖を着てはいるが、彼女は男? いいやそんなはずはない。異性装を見破る目には自信がある。和和は間違いなく、女だ。
しかしあの手は真実侍のもの……どうなっているの?
「確かに。これは見事だ」
女性にしては低い声が満足げに響く。そこでやっと鐘虎は思い出した。だが同時に混乱した。
その声は七年前、弧芽の街を支配下に収めると同時にこの地を訪れた、大湖首その人のものだったから。
「ここまでの腕前の刀匠が野に埋もれていようとはな」
間違いなかった。これほどの力を持った声を忘れるはずがない。だが、それなら和樹丸は女だということで……大湖首・この国一番の侍が自分と同じ『女』?
鐘虎は思わず、短剣を確かめている和和をじっくりと見た。
あの時は遠くから馬上の侍を見ていたのだ。それに自分はまだ子供だったわけだし、七年前の大湖首の姿形を思い出したところで、目の前の和和と大湖首が同一人物かは確証が持てない。
「わしはなんとしても、鷹花に献上の刀を打ってもらいたくなってきたぞ。孔明」
「和和様のお目に叶いましたでしょうか?」
鐘虎は疑問を一旦置いて和和に声をかけた。和和の視線が鐘虎に向く。その瞬間、確かにこの目の前の女性が大湖首であると、鐘虎は確信した。
あの瞳。世の中の全てを楽しんでいる。そうして、世の中の全てが自分の支配下にある。それがわかっている瞳だった。
たとえ、本性が女であったとしても、もし自分が対応を誤ったら、確実にこの首が飛ぶ。それほどの覚悟を持って相対しないといけない人物だ。
鐘虎はごくりと唾を飲んだ。
でも、これはたとえどんなに信じられない状況であろうと、間違いなく自分に……鐘虎にとっていい機会になるはずだ。
白色の鑑札しか持たない商家の長娘が大湖首に面会しているのだ。
この機会を、うまく利用することさえできれば、最大の庇護者ができる。
しかし、人生最大の好機だと自分を鼓舞する一方、鐘虎は大きな不安を抱えていた。もし、大湖首が高光と会いたい、などと言い出したらどうしよう? 高光だとて異性装をしているのだ。
たとえ、大湖首が和和として高光と会っても、高光の目なら和和が大湖首だと見破る可能性は大いにある。
そして高光は間違いなく、目の前に大湖首が現れた時、平然は装えない。
なんとしても、大湖首……和和と高光が直接顔を合わせることは避けなければならなかった。それさえできれば、あとはいかに自分と駆屋を高く売り込めるかだけ考えていればいい。
そして、その二つは両立出来るはずだ。多分、自分のやり方次第で。
落ち着け、落ち着けと鐘虎は自分に言い聞かせた。
「……しかし、鷹花は大湖首の依頼は受けんと申しておるそうだな」
「大湖首様のご機嫌を損ねるのは承知の上です。ですが、鷹花の打つ、」
「刀は飾りの刀ではないと、其方がそう申したとか」
「はい。私が確かにそう鏑屋さんに申し上げました」
口を開くのにも勇気がいる。目の前の女性は特に機嫌を悪くするのでもなく、ただ鐘虎の前に座っているだけだ。だが、その身に纏うのは圧倒的な迫力だった。
これほどまでの迫力を感じる侍には、今まで会った試しはない。
鐘虎は尺商を訪れるどんな侍でも、あしらえる自信があった。だが、この女性は、その存在を受けて流してあしらうことを許してくれそうにはない。
「刀匠としての鷹花は気に入った依頼しか受けません。たとえ大湖首様のご依頼であろうと、気に入らなければ頷かないでしょう。そして、申し上げた通り、飾りの刀を鷹花は打たない。
飾りで得られる、褒美も、名声も、鷹花にとっては意味のないものですから」
「ほう。其方は……鷹花の言葉を代弁できるほど、刀匠の意向を理解しているとでも?」
「はい。この白色尺商の中では私が、鷹花を最もよく知っております。ですが、他の刀匠についても私が一番把握していると言っても過言ではありません」
鐘虎がそう言うと、和和と実一は顔を見合わせた。
「献上の刀を打つ刀匠を、鷹花ではなく駆屋の他の刀鍛冶に変えろと言いたいのですか?」
「それを決めるのは大湖首様と鏑屋さんのご意向次第でしょう。ですが、鷹花は絶対に大湖首様のご依頼は受けない。それは鏑屋さんもすでにご承知のはず」
「だが、わしは鷹花に献上の刀を打ってほしい。これは程までの腕前に代わりはおらん」
「鷹花の意志を無視してですか? 無理やり打たせた刀が真の意味で献上するのに相応しい品になると?」
「ふむぅ……其方はそうまでして鷹花を庇うのはがなぜか。気になるな」
和和は意地悪そうに笑った。
鐘虎の中身が彩彩であるのを、目の前の女性は知っている。だから、その意地悪そうな顔の中には、惚れた男を取り上げられたくないのだろう? といった揶揄に近いものが混じってるのも鐘虎にはあっさり理解できた。
そうではない、と言い切れないのを鐘虎は自覚していた。
だが、それだけでもない。のもはっきりとわかっている。
「鷹花には、自分の願った通りの鍛冶師であって欲しいからです。鷹花は蓬生領の鍛冶師として生きていくことを望んでいます。たとえ相手がどなたであってもその邪魔をさせたくない。
そして、鷹花が自身の望み以外で刀を打つのを鷹花を評価する尺商として強要させたくない」
鐘虎は和和の目を見て言い切った。たとえその一言で首が飛ぶとしても、言うしかなかった。
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