44.女であり男でもある三人の……3

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44.女であり男でもある三人の……3

「和和様。本気で彩彩殿に鷹花のところに案内させるつもりですか?」  駆屋からの帰り道、実一はご機嫌な和和に尋ねていた。 「彩彩ではなく、鐘虎に、だ。」 「彼女がそれほど気に入られたと?」 「妬くなよ。孔明」 「妬いてませんよ」 「そうか? お主は鐘虎にしっかり妬いておる」  実一は少し黙り、呻いた。 「あんな、覚悟の甘い中途半端な若造に私が妬くとでも?」 「ふふ、いい加減で中途半端だから、我らの未来に意味があるのではないか」 「和和様?」 「いずれ男子だけでなく、女子でも文句なく家督を継げるようにする。それを実現させるには、女でありながら男を装い家督を継いだ、そんな人物の実例は絶対に必要だ。  わかっておるだろう?」 「すでにそのような前例は集めているではないですか」 「だが、今ここで商家とはいえ、有力な家で『女』が家督を継いだ。そしてうまくやっておる。それは制度改正のための強力な説得の(かて)になる」  『女』でもあり『男』でもある。自分の性を偽ってるのを『偽ってる』と公言して、偽る。それは、和樹丸や実一のあり方とは大きく異なっていた。  だから、実一は鐘虎に嫉妬しているのだ。  和和の言葉の裏の意味はそれだ。だが、そう指摘されてもなお、実一は鐘虎に感じている苛立ちを抑える気にはならなかった。 「それはそうですが、彼女にそこまでの覚悟があるとは……私には思えません。彼女はあくまでも、彩彩の思いを以て鐘虎を演じているだけでは?」 「それこそが重要なのだ。しっかし、孔明。本当にお主は鐘虎に妬きすぎだぞ」  和和は実一にニヤリと笑いかけた。 「和和様! 私は!!」  流石に苛立ちを抑えきれず、実一は主君に抗議した。だが、和和は上機嫌で空を見上げる。 「わしはあの者が気に入った。あれはあれなりに自分の目指すところがあるのだろう。その後押しをしてやってもいいと思わせられたからな。お主も鏑屋として白色尺商駆屋の……鐘虎と手を結んでもいいではないのか?  ……もっともまぁ、この後の鷹花との交渉の場次第ではあるがな」 「『鐘虎』に鷹花の代弁者を続けさせる気ですか? 確かに、彼らのその感情は利用できるでしょうが」 「そうだな。命をかけることになるとわかっていても、好いた者を守りたいか……」  ふっと、和和は実一を見た。 「だが、愛した者を守りたいのは、我らも同じだ。そうであろう?」 「はぁ……」  拓馬は一人、宿の二階から弧芽の街を見下ろしていしてた。和和と実一が出ていってからずっと拓馬は窓のそばで座り込んでぼーっとしている。  父は和和が弧芽の街に来てからずっと、和和とべったりだ。  あれは……主君と側近の……いや恋人同士のちょっとした羽のばしに浮かれてるのかな?  拓馬はもう一度ため息を吐いた。  父に本当の『父』の話を聞きたい。どんな人物で、今どこにいて、自分(息子)をどう思っているのか尋ねたい。でも、流石に和和の前で父にそんなことは尋ねられなかった。  いや、父が数寿様の愛人だという事実を知らないふりして、無邪気さを装って単刀直入に質問してもいいのかもしれない。でも、拓馬は大湖首の機嫌を損ねるのが怖かった。 「父様は本気で寵愛されてるもんな……」  『父』はどうしてそんな二人の間に(はい)りこめたのだろう? 父はどうして数寿様じゃない『父』を受け入れたのだろう? 「それって間違いなく浮気だよなあ……」  浮気、一時の気の迷い。父はそんなふうに恋人を裏切る人だろうか? いいや、もしかして、ただ単に、 「店の後継が必要だったから……とか?」  数寿の正体が和和だったのなら、女同士で子供はできない。だから、後継を得るために父は『父』と……。 「うえっ! 何考えてるんだよ、俺は!」  昨日見た和和と実一の口付けの映像が浮かんで、拓馬は慌ててそれを追い払った。 「父様は、どうして?」  拓馬はこれまで、実一の心の中を想像してこなかった。父は父として、その背を追っていくもので、それは……出される課題の目的を考える程度のことはあっても、実際父が何を考えているのか、そこまで考えた試しはなかった。  父を父という役目以外の一人の『男』? ……それとも一人の『女』? として見てはいない。  でも、『父』の存在を知ってから、拓馬は実一を一人の『人物』として見ようと努力していた。  実一? あるいは一一(ひとい)? それとも孔明? その名を持つ何者かは一体何を考えているのか? 「あー。わからないよ!!」  でも、考えれば考えるほど、今まではっきりしていたと思っていた父の姿は曖昧にぼやけ、あやふやになっていった。拓馬は苛立ちガリガリと頭をかいて……そこで、ふと下の道に目がいく。  ちょうど、和和と実一が帰ってきたところだった。  二人は何か話しているのか、穏やかな笑顔を浮かべている。それは拓馬でなくとも、全くの第三者が見ても、二人のお互いへの深い愛情が一目でわかるモノだった。  あんな笑顔の二人の間に、誰かが入っていけるわけない。  拓馬はあっさりと理解した。  そして、数寿の性格を思い出す。  お互い間にある感情を実一が他の誰かに向けるのを……きっと数寿は許さない。浮気などどんな理由があっても認めないだろう。  だから、多分、きっと……いや、そんな!? でも、数寿なら、そして一一としての正体がバレる危険性をおかせない実一も? 躊躇なくその選択を取るはずだ。  ……俺の『父』はもう死んでいる。間違いなく数寿様の手によって殺されている。  その時、拓馬は天啓のようにそう思った。衝撃に視界が歪み、頭を抱える。  そうか、だから頼母様は『父』を探すなと……。
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