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47.女であり男である彼女の
「父様は実一であり続けるために、一一を知った私の『父』を殺した」
子供の言葉、それは紛れもない真実だった。
それでも実一はその事実を事実として認めず、誤魔化してもよかったはずだった。実際、実一の言葉が真実かどうか拓馬には確かめようがないのだから。
「もしそれが事実なら……私を責めるのか? 拓馬」
だが、実一は拓馬の言葉を肯定するように呟いてしまった。
記憶の中の男の顔が、目の前の子供の顔と重なり、その表情が歪む。泣きそうな顔だなと実一はぼんやり思った。
記憶の中の男は、いつも上機嫌に笑っていた。今、子供が見せているような顔は、あの男はしなかった。もしかしたら、死ぬ瞬間まで笑って……いや、そんなはずはない。
「責めたりは……」
拓馬は一度視線を下げた。
「父様を責めたりはしません。でも、私の『父』を殺して……父様はそこまで実一でありたかったのですか?」
そして、再び顔を上げる。その質問の答えも、実一は誤魔化していいはずだった。だが嘘を即答せずに、暫しの間、実一は目を瞑った。
自分はずっと実一であり続けたかった。一一としての人生を最初から選べなかったからではない。自分は和樹丸と出会い、その最も重要な臣下であることを望んだからだ。
実一は自分の願いを確かめる。
そのために、自分は実一としての道をずっと歩いてきた。他の道など考慮に入れなかった。
「ああ、そうだ。私にはこの道しかない」
それは、自分で選んだ道だ。『一一』を捨て、『実一』として生きる。誰に強制されたからでもない。ただ自分自身の意志で、この道を生きてきた。そして、これからもこの道を歩く。それが、自分が自分としていられる、唯一の方法だから。
だが……。
「それならなぜ『父』を選び、私を産んだのですか?」
ただ一回『女』として行った選択の果てに手に入れた子供に、そう言われるのは多少痛みを伴った。
「中途半端に女に戻ったと言いたいのか? お前を望んだのは鏑屋に私の血を引く跡取りが必要だったからだ。他の理由はない」
「鏑屋のため……」
「そうだ。それが鏑屋の安定に絶対に必要だったからだ」
拓馬がもう一度視線を下げた。
「どこの家だって、跡取りは必要だろう? それだけだ」
「養子でもよかったのでは?」
「私はたまたま子供を産めたからな。他を探す必要がなかった」
「都合が、良すぎますよ……」
「『男』なら徹頭徹尾『男』として振る舞えと言いたいのか?」
「わかりません……。父様が、何をもって実一として振る舞うのか、私にはわからない。子供を望んだ相手を殺してまで、実一であり続けようとされる意志が私にはわからない」
実一は子供の言葉に、一つ息を吐いた。息子には絶対に自分の気持ちはわからないだろう。最初から男として生まれ、男として育ち、男として、そのままに生きていく。
自分の本当の性と、振る舞うその性が同一のものであり、そして、その性に世の中に認められた力がある。それが当たり前の者には、自分の気持ちはわからない。
たとえ、自分が産んだ子供であっても、自分の気持ちは理解できない。
実一には子供を産む前からそれはわかっていたし、そのことにさしたる痛痒も感じなかった。
「別にわからないならそれでいい。私もお前に理解されようとは思わない」
実一がそう言うと、拓馬はぴょんと顔を上げた。
「俺は! 父様を理解したいんです!! 父様が、実一でも一一でも、孔明でも! あなたが俺の父様なのには変わらないんですから! 父様が何を考えて、どうして、一一でありながら、実一としてあり続けようとしているのか! 俺だって理解したいんです!!」
それは息子の必死の言葉だったのだろう。だが、実一は冷ややかに答えた。
「理解して、どうするつもりなんだ?」
拓馬が目を丸くした。
「そ、それは……っ」
「私は、和樹丸様の最側近として、そして鏑屋孔明実一としてずっと生きていくことを決めているのだ。一一はお前を必要とした時にしか名乗らなかったし、その一回だけで十分だった。そしてそのことにとやかく理由をつける気にはならない。
お前に伝えられるのはそれくらいだ」
たとえば、私が一一に戻りたいと心の底では望んでいると思ったのか? 拓馬。そんなことはありえない。私はずっと実一として生きてきたし、実一として死を迎えることを望んでいる。
他の道はない。自分の性を偽り、最初の一歩から全てを偽装していたとしても、それが私だ。
あるいは……と、実一は少し悪いことを考えた。
私が一一に戻りたいと言い出すのを息子は望んでいた? 鏑屋の跡目を奪うために。
それは絶対にありえなかった。拓馬は父の権力をひっくり返そうとするような、大それたことを考えるタチではない。
息子は、その辺によくいるお坊ちゃん以外の何者でもなかった。権力を得ようとするよりは、上の者に従う。そんな従順な性格だ。
だから、自分も……拓馬の質問に素直に答えたのかもしれないな。
そう思うと、実一は少し可笑しくなった。
「拓馬。お前は、私を理解しようとしなくていい。私がどんな存在であれ、私だけがお前の父であることだけは絶対なのだから。違うか?」
拓馬は苦笑と共に言われた実一の言葉に戸惑うように目を瞬かせた。そして、また下を向く。
拓馬は実一の言葉が偽りではないと思った。『自分の父』はこの人しかいないことも、その父が自分が生まれるきっかけを作った『父』を殺していることも、それがこの目の前の父が自分自身を守るためだったことも。その全てを受け入れるしかないことも理解した。
その程度が、父にとって『父』の存在だった。それがわかったのなら、終わりにするしかない。
拓馬は、自分に語りかけた。父様から聞きたいことは全部聞いたのだ。もう、これ以上この話題で喋ることはない。父様だってきっとそう思っている。だからもう……。拓馬は顔を上げた。
「はい、父様だけが私の父様です。困らせてしまって、申し訳ありません」
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