51.拓馬と菜菜4

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51.拓馬と菜菜4

師匠(せんせい)。大丈夫かな?」 「お師匠(ししょう)さん、なんであんなに怒ってたんだ?」 「あたしにもよくわかんない……」  置いていかれた子供二人は縁側に並んで、家の中の物音に耳を澄ましていた。もっとも、客間はその縁側から一番遠い場所にあったのだが。 「まぁ、心配しなくても……」  言いかけて、それ以上拓馬は何も言えなかった。それほどさっき見た刀鍛師の表情は恐ろしかった。何に怒っていたのかはわからないが、刀鍛冶師が大湖首の訪れを歓迎していなかったことははっきりとわかる。  いきなり暴れていたり……いや、鍛冶師は丸腰だったから、暴れても被害が出る前に切り捨て……そこまで考えて、その想像が菜菜にとって最悪のものだと思い当たり、拓馬は考えるのを止めた。そして、そんなことになっていたらもう誰かが外に出てくるだろうし、誰も出てこない以上、少なくとも鍛冶師は大湖首の前で怒りを表してはいないはずだと思うことにした。 「お師匠さんだって、訪ねてきた人を話も聞かず追い返したりしないだろ」 「でも……前に刀打ち直してくれって言ってきたお侍さん、塩撒いて追い払ってたし……」  菜菜は心配そうに客間の方を伺っている。拓馬は空を見上げた。優雅に雲のたなびく青い空。 「いやいや、相手は大湖首様だぞ。流石にそんなことは……」  有り得そうで怖い。 「そうだよね。彩彩お嬢様も一緒だし、きっと師匠だって礼儀の一つぐらい思い出すよね」  菜菜は自分に言い聞かせるように言った。 「さ、菜菜。……その、彩彩様のことは……なんで彩彩お嬢様って呼んでるんだ?」  とりあえず、話題を変えよう。悪いことは考えると本当になるっていうし。考えていると悪い方悪い方に想像が向くから。それはきっと菜菜も同じだろう。だから、拓馬は言った。 「え? なんで?」 「いや、菜菜なら……彩彩様のことは鐘虎お嬢様って言いそうだなって思って。ほら、お嬢様はいつも鐘虎って名乗ってるじゃないか。だから、その」  話を変えようとしたのに菜菜は気づいたらしい。一瞬不安げに家の奥を伺い、空を見上げた。 「本当は、鐘虎お嬢様って言うべきなんだろうって思う。お嬢様はお嬢様でいたくないみたいなのわかってるから。でも、私の前では女の人でいてほしいから……わがままで言ってるの」 「女の人でいて欲しい?」 「そう、あたしお母さんもお姉さんもいないから、そういうの憧れてて。師匠は、花花師匠の時は女の人だって扱われたいのわかってるけど、やっぱり男の人だっていうのは消せないから」 「ふーん。消せない、か」  拓馬はふっと父親のことを想像した。男になりきっている父を。あの人も誰かの前では……? 「それに、彩彩お嬢様は……高光師匠の前でも女の人であり続けて欲しいって……贅沢かな?」 「え? だって、お師匠さんはお嬢様のこと鐘虎って呼んでるんじゃないのか?」  そう拓馬が言うと、菜菜は首を横に振った。 「高光師匠、彩彩お嬢様の前だと笑うんだ。他の人の前じゃ……あたしの前でも滅多に笑わないのに、お嬢様の前だと笑ってる。彩彩お嬢様が、鐘虎お嬢様になっても」 「へ、へえ……。二人は付き合ってるのか……?」  えっと……父と数寿様は女同士なのに男同士として付き合っていて。 「付き合ってるかどうかはよくわかんないけど……お互いのこと好きなのは確か」 「でもさ、鷹花さんは花花さんで……彩彩お嬢様は鐘虎お嬢様で……」  刀匠とお嬢様はお互いの性別を入れ替えて付き合ってる? そんなややこしいことしてる、のか? 「うーん。別に師匠たち、どっちがどっちでもいいんじゃないかな?」  あっけらかんと菜菜は言った。そんなに簡単に納得できるのかよ? 拓馬は疑問に思う。自分は納得できなかったのに。いや、少なくとも刀匠とお嬢様は男と女として付き合ってて……。 「じゃあさ、菜菜。たとえば……お師匠さんが男と付き合っててもそれでもいいのか?」  菜菜がその質問にキョトンとした表情を浮かべた。 「花花師匠は鐘虎お嬢様のことが好きだけど?」 「いや、そうじゃなくてだな。彩彩お嬢様のことなかった時、本当の男と付き合ってたら?」  何故そう言われるか理解できない。そう思ってるのがわかる顔をして、菜菜はそれでも真面目に考えたようだった。 「うーん。その人……大変そうだなって思うけど」 「大変、そう?」 「うん。師匠、鍛冶師の仕事以外あんまり興味持たないから。お酒も飲まないし、付き合って楽しいって思えるかちょっと謎……鍛冶師仲間で付き合えば違うのかな?」 「師匠が男と付き合っててもいいのかよ?」 「んっと……師匠が、花花師匠でいたいならそんなこともあり得たのかなって。今は、彩彩お嬢様がいるから、他は見ないけど」 「それで、納得できるのか?」 「本当は……あたしのお母さんやお姉さん役になってくれる女の人を師匠が見つけてくれればいいって思ってたし、思ってるよ。でも、師匠の人生は師匠のものだし……男の人でも、師匠が好きになった人ならそれでいいんじゃない?」  その反応は拓馬の思っていたものとは少し違った。 「その人の人生は……その人のもの?」 「うん。だってそうじゃない? あたしの人生はあたしのもので、拓馬様の人生は拓馬様のものでしょ? 他の人だって同じように考えているはず。だから、誰を好きになるかって決められるのはその人だけだよ」
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