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54.妖刀の一振
カン、カン、カン。満天の星を頂いた深夜の烏谷に、槌の音が響く。
カン、カン、カン、カン。もちろん、打っているのは高光だ。
カン、カン。高光は炉の炎だけが光源となっている暗く沈んだ工房の中で、一心不乱に槌を振るっていた。熱せられた刃金枝がだんだんと刀の形になっていく。
カン! 高光は自分の中にある憎しみを全て刀身に叩きつけた。その憎しみが刃となるように、一槌一槌で自分の中にある憎しみを刀というはっきりとした形とするように、刃金枝に槌を叩きつけていく。
カン、カン、カン、カン、カン。
工程が進むにつれ汗が噴き出るが、その汗を拭うこともせずに、高光は何かに取り憑かれたように刃を鍛えていた。
姉さん、姉さんの無念を! 村のみんなの無念を! 東雲の戦に巻き込まれた無辜の民の無念を! みんな力を貸してくれ! あの東雲を討つために!!
……そのために俺は生きてきたのだから。
そう、菜菜のことも、鐘虎のことも、蓬生のことも、忘れないと。俺とは関係ない、所詮はただの夢だったと思わなくては。
姉さんのことを忘れて、村のみんなのことを忘れて、東雲と、侍と、戦った人々のことを忘れて良いはずがない。
刀を打つ意味を忘れて生きれるはずはない。
復讐こそが俺の生きてきた証であり、生きる理由なのだから。
他は、ただの夢だ。
……夢にしかすぎない。
気づくと、東の山の尾根がうっすらと暁に染まっていた。長い時間、集中していた高光は鍛え終わった刀を手に外に出た。
研いでみないと真価はわからないが、それでもこの刀は自分の最高傑作になる確信があった。
暁光に刀をかざす。
背後に人の気配がした。
「花花ぁ〜。いいものができたみたいだなぁ」
音音ががさりとそばの藪を抜け出てきた。
「どうして今日俺が刀を打つとわかった? 音音」
音音の方は見ずに、高光は刀を確かめていた。
「妾、昨日弧芽の街でイカした侍を見つけたんだよう。で、イカした侍は妾の最高の獲物だから逃さないように見張っていたんだねぇ。そうしたら、花花の家に向かって行くじゃないか。
ああ、これはきっと花花の策が当たったんだって思ってねえ。間違いなく今夜花花は刀を打つつもりになるって確信してたんだよう」
音音はそう言うと、高光が持っていた刀を舌舐めずりするように見た。
「それが、花花の最高傑作かねぇ」
「ああ。この国最高の侍を打つのに相応しい最高の一振だ」
「ははぁ、いい匂いがするなぁ」
音音が我慢できないという顔で手を差し出す。高光はその手に刀を乗せてやった。
「ああ、重さも均衡も計ったように妾にぴったりだぁ」
音音は望んで望んでどうしようもなかったおもちゃを手にした幼児みたいな顔で、色々な構えを取ったり、刀を振ってみたりした。
「さすがは、蘆野国一の刀匠の作だよう」
「お前もそう褒めるのか」
今日……いやもう昨日か、昼間に和樹丸に言われた言葉が蘇ってきた。
この国最高の侍と、狂いきった人斬りに同じ評価をもらった。
それが高光には、なんだか少し可笑しかった。
最高も最低も同じ評価を俺に下した。
いいだろう。その評価を以て、最高の刀を以て、俺はお前たちの人生を狂わすのだ。
「楽しそうだなぁ〜。花花」
「ああ、いいものができて嬉しいんだ。この刀を打って何か……刀匠として、息が吐けたように思う。俺は、心底刀を打つのが好きなんだ」
「それがいい刀匠ってことさねぇ」
「頼む、音音。この刀で東雲に蹂躙された民の敵を討ってくれ」
そう言った高光に、音音は鼻を鳴らした。
「それはさぁ、花花の刀がやるべきことさね〜。妾はただ最高の獲物を切ってみたいだけさぁ」
「音音! いや、」
高光は相手の言葉に一瞬ぎょっとした。その高光に音音は笑いかける。
「言ってみなよう、花花。妾の通り名はぁ?」
「……侍斬りの十文字」
渋々? それとも何かの不安に駆られて? 高光は恐る恐る言った。
「そうさぁ、妾は侍を切るのが、楽しくて楽しくてたまんないんだよぅ。
花花の敵討ちもしてやりたいのも確かだけどさぁ、本当のところ、スパぁっと切れる名刀で、侍を切る時のあの快楽以外に興味はないねぇ」
うっとりと、荒研ぎの終わった刀を眺めながら音音は言い切った。
「音音!?」
「花花だってさぁ、敵を討つとかそういう前に、ただ刀を打つのが好きなだけだろう? 熱せられた刃金枝で刀の形を作ったりさぁ、最高の一振が打てたと感じる時にはさ。
そん時の嬉しさは……そうだねぇ、街で一番派手な着物で着飾って練り歩く時の快感より、強いんじゃないのかい?」
「それは……」
「いい刀といい着物。その二つがあれば、これ以上ない喜びじゃないか」
「音音、お前は……」
「ま! この侍斬りの十文字様にあとは任せときなよぅ。必ずこの刀で、あのイカした侍をスパぁっと切ってみせるからなぁ」
そう言うと、刀を手に音音は木立の中に向かって、身を翻した。
「音音?」
呼び止めて、それでも何を言えばいいのかわからなくて、結局高光は中途半端な体勢で音音を見送った。
あいつは、いつも俺の本質をついてくる。刀を打つのが好きなだけか。姉さん! 俺はあれほどの憎しみに駆られながらも、本心ではあなたの敵を討ちたかったわけじゃないのか?
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