59.見合いの席・後

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59.見合いの席・後

 拓馬は激しく焦っていた。何がその焦燥感をもたらしているか、実のところ半分ぐらいしか自分の感情を把握してはいないが、焦っていた。  もし、この縁談がまとまってしまえば、菜菜にどんな顔をして会えばいいのか。その上、少女の保護者の前に立てる気も全くしなかった。刀鍛冶の怒りの前に出ることになったら……。昨日の鷹花の表情からして、その怒りの矛先が自分に向いたら? そう思うだけで、身震いがした。そんな状況、絶対に遠慮したい。 「あ……鐘虎殿。本当に、鷹花のことをそのように扱ってもいいのですか?」  こうなったら、鷹花を持ち出して断る方面に持っていこう。なんとしても、彩彩が乗り気になるのはまずい。彩彩が本当に鷹花に対しての気持ちを抑えられるとしても、刀鍛冶が納得するかどうか全くわからないし!  それにもし万が一、鷹花を彩彩の愛人扱いで都に連れていくなんて話になったら……自分の父親は大喜びして、この話を断る隙も何も無くなるだろう。  鐘虎には鐘虎でいてもらわなくては。絶対に彩彩として振る舞われたらまずい、マズすぎる! 「大湖首様の前で鷹花の代弁者になったぐらい、鐘虎殿は鷹花がお好きだと思っていましたが」 「そりゃあね。でも、」 「鷹花殿も鐘虎殿のことが好きなんでしょう? 両思いの相手がいるのに、わざわざ俺のような年下相手にしなくてもっ!」  拓馬は相手の言葉を遮って言い募った。だが、鐘虎は笑うだけ。 「何言ってるんだ? 結婚は家と家の契約で、年齢云々より、お互いの家に益をもたらせるかどうかの方が重要だろ?」 「でもっ!」 「そして、君と彩彩の結婚は……蘆野國を手中に収める大商家を生み出すことになる」  それがどれだけ魅力的か、少年にはわからないようだった。本当に理解できないのか、それとも少年も自分の感情しか考えていないのか? 鐘虎にはわからなかったが、自分の言っている言葉を聞いて、もう一度ため息を吐きたくなった。  本当に魅力的な話だ。本当にとても魅力的な話だった。  問題は、その魅力的な話での自分の立ち位置ぐらい。その話の魅力に負けてしまえば、鐘虎を辞め、彩彩として生きなければならない。常に二番手で。  鐘虎の脳裏にちらりと苛立ちが走った。  鏑屋孔明実一。あの『男』は鐘虎を絶対に認めないつもりか。その才覚を自分自身のためでなく、息子を支えることに使えと言っているのか?  それが鐘虎には受け入れられないのを、一番に理解できる『男』が。  駆屋以上の屋号を手にいれる機会が欲しいだろう?  そう実一が言っているのが鐘虎には聞こえる気がした。鐘虎には絶対に渡さないと思っているのにも関わらず。  その言葉が聞こえたから、鐘虎は誘いに乗らないことに決めていた。何もせず転がり込んでくる機会に乗るのではなく、自分の力で、駆屋を大きくしてみせる。その決意を固めて。  そのために、鐘虎として振る舞ってきているのだ。  ……だが、この話どうやって断ろう?  父・玄達はきっと乗り気だ。実一だって美味しい話だと思うのは確実。それを断るには? 「で、でも! 俺は……俺はっ! 鐘虎殿はいいんですか!? 鷹花を愛人とか! 好きな人をそういう扱いにしても!!」  子供だな。鐘虎は拓馬を見ながら思った。そして、実一にとって鐘虎は、今自分の前で泣き喚く拓馬のように見えているのだろうというのも理解していた。 「俺は嫌ですよ! 俺だって好きな()と結婚したい!!」  その相手は菜菜なのか? 鐘虎はそう尋ねるのはやめておいた。それは、自分からではなく、拓馬の方からこの話を断らせるためだった。  家の力量差、男女の立場の違い。それを考えたら自分からこの話を断るのは無理だった。拓馬に頑張ってもらうしかない。  そして、うまくやれば……鷹花への依頼も同時に断れるのではないか? そんなふうに鐘虎は思っていた。 「お父上にそう言うのはやめておいた方がいいでしょうな。拓馬殿の結婚は最も鏑屋さんの益になる相手と行うべきでしょうから」 「鐘虎殿も! 好きな相手ではなく、自分の家に最も益になる相手と結婚するつもりなんですか!? それが俺だと!!」  喚く子供に、鐘虎は薄笑いを浮かべてみせた。拓馬は目を丸くし……。 「……そ、そんなに簡単に……鐘虎の名を捨てられるんですか?」  そうしてぐっと、鐘虎を睨みつけてきた。 「そんなに簡単に捨てられるのに、鐘虎って名乗ってきたんですか?」  その答えは鐘虎の中で決まっていた。 「いいや。彩彩ではなく、私は鐘虎として相手を選ぶつもりだ。君のお父上と同じように」  拓馬がギョッとした顔をする。父を持ち出された時に、そんな顔をするのはやめた方がいい。鐘虎はそう忠告しようとして、拓馬の表情にその言葉は消えていった。 「父と同じ……父は、父として目的を持って鏑屋孔明実一であろうとしています。鐘虎殿もそうでありたいと?」 「ああ。当然だろ? 君はそれを認められないのか?」 「それが誰も犠牲にならないことなら……鐘虎殿は、鷹花殿を犠牲にするつもりなんですか?」  その言葉は鐘虎にとって、予想外だった。いや、予想の範囲内に入っていても、想定外だったというべきか? 鏑屋親子の間に何かがあったのだろう。でも、その何かは自分が踏み込んではいけない。鐘虎はそう思った。 「高光を犠牲に? いいや……多分そうはならない。私は君のお父上とは状況が違うよ」 「それなら……それなら、きっと周りの人も受け入れてくれるんじゃあ?」 「君も受け入れられる?」 「ええ、多分。……鐘虎殿は俺とのこの見合いの話、受けないんですよね?」 「君が受けると言ったら、私は断れない」 「俺は、受けません。絶対にと結婚なんて嫌です!」  拓馬の宣言に鐘虎は少し、驚いた。 「しかしね。私には君に授けられるような策はないんだよ。父と鏑屋さんが乗ると言ってしまえば断りきれもしないしね」  鐘虎のそれが現実だった。断る手段がないほどの、いい話。それがこの話の困ったところで。 「俺ちょっと考えがあるんです。うまくやってみせますよ!! 鐘虎殿にも鷹花殿にもいい話だからきっと上手くいくと思います!!」
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