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それから数ヶ月して、父と泉は結婚した。
彼女にドレスを着ないのかと聞いたら、「今さらこの年になって」と苦笑されたが、まだまだ似合うと思う。言葉にするのはまだ照れくさくて、でも、早めに「結婚式したら?」と、言ってあげたい。
父はあれ以来、菜月の顔色をしょっちゅう窺ってくる。少しでも顔色が悪いと、「生理か?」と尋ねてくるものだから、泉にその度に注意されている。
すべての体調不良が生理とは限らないし、病気とも限らない。精神的に不安なことがあれば、それは必ず、肉体にも影響するのだと、彼女は諭した。
結婚前とは打って変わって、泉のお節介過ぎる部分は、鳴りを潜めている。
泉が渡辺家の戸籍に入ったから、菜月の母になった、はずだ。法律の詳しい話はわからないけれど、そういう解釈をしている。
彼女は菜月のことを気遣ったり、適度に放置したりしてくれている。
母というにはまだよそよそしいけれど、親戚のおばさんたちよりは近しく、親しくできていると思う。
トイレに入ると、そこは父子ふたりで暮らしていたときとは、まるで違っていた。父が買ってきて設置した突っ張り棚には、目隠しのカーテンまでついている。コロのついたプラスチックのカゴを引っ張り出せば、ナプキンはふたり分。
泉が買ってきてくれるのだが、最近は菜月も好みが明確になってきて、一緒にドラッグストアに行ったときに、「これ」と、カゴの中に入れられるようになった。
菜月は多い日昼用25センチをひとつ取り出す。
それはスマホアプリでもらったナプキンと同じブランドのものだ。
あの日もらったものは、机の引き出しの奥に入れてある。
ナプキンを手に入れられなかった、数ヶ月前の自分を、菜月は可哀想だとは思わない。自業自得だ。
誰かに助けてほしいと言うことは、できたのだ。泉だってずっと心配してくれていたし、保健室の先生や、奏に相談することができた。
足りなかったのは、お金じゃない。他人を信頼すること、話を切り出す勇気、普段のコミュニケーション。もちろん、お金がなくてナプキンが買えない人だって、たくさんいるのだろう。
でも、少なくとも菜月は、金欠を理由にしたくなかった。
スマホで入手したナプキンは、菜月にとっては戒めだった。もう二度と、ひとりで抱え込んだりしないように。
トイレから出ると、菜月が出てくるのを待っていた父に、「遅い」と文句を言われた。
「デリカシー!」
すぐに怒声が飛んできて、菜月は笑った。
(了)
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